#12 Article 5373 Posted at 1989/08/16 08:46:22 by ISAM (MAP1129) [COMIKET]

Subject: Re:*13 コミケQUEST /5371 ..... /5342 /5340

「もっとアニメをよく見よう!」

 僕も、そう思いますよ。
 だから、コミケ内においてさえ、「あいつらは、わからん」とか「やつらがコミケを
腐敗させている」といった相互排斥を行い合う状態を批判しているのです。
 僕は「漫画やアニメの中の人物を本当に存在しているかのように扱う」というのは、
むしろ現代社会全体が内包している病理の一つであって、それが多少歪められた形でコ
ミケに反映しているのではないだろうか、と思います。
 これは場の問題というよりも、場の存在によってそれが顕著にあらわれきているので
しょうね。例えば、アイドルのコンサート等にも同様の現象が見られるのも場の効果で
ありましょう。
 つまり問題の本質という私なり貴方なりにあるのであって、別にコミケの存在自体が
悪でも理解不能なのでもありません。
 それでも、アイドルのコンサート、マスコミの暴走、といった社会現象よりもコミケ
の方がより理解不能で不気味だという意見が多いとすれば、それは、むしろ経済的な効
果の問題じゃないかと思います。コミケの経済は閉鎖されてい小さいループを作りだす
ゆえに、それに群がる利益集団の存在をゆるさず。一般の経済活動のようにそれを擁護
しようという力も弱いのです。
 例えば、某新聞社は報道機関としてあるまじきでっちあげを行いましたが、それは究
めて速やかに収拾され話題に上らなくなりました、それは彼等が情報と経済の両方を動
かす強大な力を持っているからです。
 こういった力により、例えば高校野球などというものも、常々その異常なありかたに
ついて多くの指摘を受けるにもかかわらず、十分社会的な認知を受け、非常に健全な状
態であるといったお墨付きさえいただいているのです。
 アイドルに関しても、それによって莫大な利益を受ける存在(これもマスコミ)がそ
れを積極的に擁護するために、その異常性が露呈しないだけなのでしょう(出ても揉み
消して全体にその影響が波及しないようにするみたいだし)。

 これが、コミケの存在をほかより際立って異常に見せている要因の一つだと思います。 では、現実に内容が異常ではないのか? 正しいありかたなのか? という疑問が当
然出てくると思いますが、それはやはり異常を含んでいるという批判を否めない点はあ
ると思います。
 しかし、それは個の問題であり、コミケによってではなくコミケに参加している人間
の存在している生活環境を通じて語られる必要性があると思います。なぜなら、コミケ
における異常性というは、むしろ個々の人間の、現況におけるのっぴきならない事情に
よって生じているように感じるからです。
 しかし、それらは外圧によって受動的に解消されるのを望めるものではないし、むし
ろもっと手軽なところから解決していくものではないでしょうか?
 まあ、アニメマニアに関して言えば、一言、「もっとアニメをよく見よう」というの
が僕の意見です。むろん映像メディアの中でそれについて語るならば、「もっとほかの
映像メディアにも触れよう」というのが入りますが。
 そういえば、前のアーティクルによると「ゲーデル・エッシャー・バッハ的BD論」
というのを載せた同人誌が、あったみたいですが。内容については読んでいないのでな
んともいえませんけど、「ゲーデル・エッシャー・バッハ(GED)」を通じてBDを
語るならば、押井氏のBDにおける演出というのがむしろフロイト的で古臭いので、G
EDに代表されるような、数学、科学、哲学の非還元主義的立場(ただしい用語とは思
えないが、ニューサイエンスと日本でひとまとめにされる分野のひとたちはそう言うみ
たいです)やタオイズム(BDはスタイルとしては道教っぽいが内容としてはむしろ儒
教的な気がする)、また南米を中心とした新しい文学勢力(すでに古いという説もある)
の思想との対立点や共通点がどのように存在しているかを丹念に検証しなければならな
くなり、これを書くには、つまりそういったものに全て目を通し、理解するという骨の
折れる作業を繰り返すという行為を慎重に科学的に行うしかないのです。
 これが社会常識というものでしょう。
 たぶん、その同人誌に載った「ゲーデル・・・論」はそういったものにまで言及し、
大学などの高等研究機関の哲学者にも困難な(こりゃあ、簡単な理由で、彼等は科学が
よくわかんないみたいなんですね。「哲学」とかいった類の雑誌を読んでたらそんな感
じがした。ほら、理解不能なものに恐怖心を抱くというのは、このボードでも話題の中
心ですねえ)作業である論文を書かれたのでしょうけれども、実際にはなかなかそうも
行かないものが多いのも事実だと僕は思います(「ゲーデル・・・」じゃなくて「フロ
イト」なら勉強してれば大丈夫だと思うけど・・・)。
 もしも、そういった社会常識に適合しないものを、有り難がるとすれば、それはやっ
ぱり異常で、変なことに見えると思います。
 じゃあ、変にならないためにはどうすればいいかというと、解析を行うために使われ
た資料を知るということは別にしても(いちいち付き合っていられるか!)、分析とい
うまな板にのった材料自身--アニメ作品というもの自体をよく見るということによっ
てのみ、それは実現できるのだろうと思います。
 だから、もっとアニメを見よう!(宮崎に関して言えば、どうすれば6000本もあ
るビデオ全部をきっちり見ることができるのか、と疑問を持ちますね。彼が実際に作品
を見ていた--目を通すぐらいはしていたかもしれないが--どうかは僕は疑問です)

PS.
 プログラマーが孤独な一つの理由は、企業や社会といったものが彼等を分断すること
によって容易に管理しようとしている、というのがあると思いますよ。
 もちろん個人の性格がその主な理由であることは事実だと思いますが。


                    すっきり!  ISAM