#119 Article 5501 Posted at 1994/06/21 23:45:36 by MOS (MAP3497) [SMOON]
Subject: Re:*57 セーラームーン原作漫画5,6巻 /5500 ................ /3176(#70) /3171(#70)
さて、今を逃すとまた来れなくなるので。 わちがいさんの要望は、Art.5426の理由1,2あたりから 話を始めるように、ということだと受け取りましたので、 ここから話を始めましょう。 少しカタイ話になるやもしれませんが、そこのところ ご容赦願います。 で、理由1,2ですが、わちがいさんが「日本語の問題」と、 断っておられますが、まさにその通りで、これ、私の言葉では 「重要」って言わないんですよ。こういうのは「必要」といいます。 ここんとこ、私がチャチャしかいれてなかったのは簡単で、私 根がズボラなもので、言葉の問題ってのが嫌いなんです。 「日常の重要性」がちゃんとした議論たりえていたのは、例の 「戦いの中で“少女”は描けるか否か」 あたりまでだったと記憶しています。それ以降、わちがいさんに しろ、私にしろ、前書いたことを、繰り返し手を変え品を変え しゃべりちらしていたに過ぎない、そして、にもかかわらず、 議論が終わらなかったのは、実はこの辺に理由があるからですね。 で、途中で嫌になった私は某#141で、なんか書いたりしたのを わちがいさんに、みつかった(^^;) ということで、正直「もういいじゃぁないの」という気がしていた のは事実です。 さて、この辺の事を押さえておいて、本論です。 理由の1では、「現に存在するある種の雰囲気」のためには「日常」 が必要だ、ということですが、ここでいう「現に存在するある種の 雰囲気」というのは、実は「“日常”が醸し出した雰囲気」と 言い替えても、多分よい。つまり両者は原因と結果なのだから、 結果のためには原因が「必要」なのは当然でしょう。 と、ここまでは良いのですが、最後に気になる文章があります。 >現在存在する形に影響を与えていると思われる以上、そこにはそれなりの重要性 >が存在しているのではないか、ということ。 ちょっと、ここは飛躍のしすぎ、という気がします。「現在存在 している形」と、言い変えておられますが、それまでが「ある種の 雰囲気」で来てますので、これは「“ある種の雰囲気”を含む、という 形」と解釈させていただきます。これで間違いはありませんね。 前半部分で結果「ある種の雰囲気」がもし重要ならば、それを 醸し出す原因である「日常」が重要なのは容易に理解できます。 では「ある種の雰囲気」は「重要」なのか?理由の1にはその 記述がないまま、いきなり上記の結論に行き着いていますが、 これはいかがなものでしょうか。 それとも、「ある種の雰囲気」が重要だ、というのは議論の前提 にしても構わない、とお考えでしょうか。 すこし意地悪な議論という気もしますが、意地悪ついでに、もう一つ 意地悪になると、事実上 「ある種の雰囲気」=「日常」 と考えられるとすると、理由の1は「日常は重要だ」したがって 「日常は重要だ」と主張している、というように解釈されても しかたないのではないか。 続いて理由その2について。 彼女らは兵士になって、日常の全てが戦場という環境に送り込まれた のではない。だから「日常」つまり戦い以外の生活の部分の描写は 当然あって然るべき、不可避、つまり必要である。本当にそうだろうか? 近代までの欧州の絵画、文学はキリスト教の知識を前提にしています。 なぜかといえば、それは当時の世界の常識だったから。欧州世界のこと を世界と言っていますが、当時の彼らの認識からすりゃ、間違いでは ないでしょう。 こういう形がある以上、「女子中学生の“日常”なんて、常識だろ」 と開き直る形の表現もありうるのはないか。したがって、これだけで 即「必要」であるという議論は成り立たない。 すみません、「番組のスタイル」から「日常が不可避」 の部分は良く分からないので、割愛させていただきました。 by MOS (MAP3497)