#9 Article 36 Posted at 1987/08/06 06:43:07 by ジキル (MAP086) []
Subject: ヒノトリ(ヤマト ヘン)ノ ジダイ
SF C:ヒノトリ.JSW 時代が時代なら メイサク のボ―ドに書くのだが(なんとか理由を付けて、メイサク F Free のボ―ドに書かないようにしている)、それにこの『火の鳥』の製作側も、 その事を良くわかっている。 今回の”ヤマト編”は、それが色濃く出でいる作品だと思います。 原作を読まれ、もうビデオを見られた方も多いと思いますが、問題は、この原作 (ヤマト編)を70年代以前に触れられた方が、どれくらい居るかと言う事です。 多くの方は知っている事ですが、『COM』と言う雑誌と一緒に産まれ(復活) 第1部に”黎明編”から始まり、第2部の”未来編”が終わって気が付くと『火 の鳥』の物語りの終わりでもあり、当時この書き方に斬新さ感じ感動しました。 過去に2度も中断の目に合った、作者の対抗策であるが、最初(第1部)と最後 (第2部)でメインテ―マを表し、後はその間を作品でうめて行く。作品『火の 鳥』は、ある意味ではこれで半分は完成した。あとは自由な間(中間)の場所が あるだけです。 話をもとにもどしますが、その自由な場所の1回目作品”ヤマト編”と言う事で す。この作品を俗っぽく表せば”悲恋物語り”になります、多くの物語りのテ― マになるものですからそれじたい良いのですが、俗っぽい”悲恋物語り”になら なかったのは、70年安保を目前にひかえた、あの時代の雰囲気を”ヤマト編” に見ることができるからです。正義の二極化、体制への批判・・・。 あの時代の空気の中で、この作品を読まれた方は幸せな人とです。今、読みなお して見ると、その意味ではやはり風化を感じないわけにはいきません。そのため に、70年安保を目前にひかえたあの時代を知らない世代に、原作”ヤマト編” はアッピ―ルするのだろうか・・・。 疑問と不安のすえの、ビデオ化。 製作側も、その事を良くわかっているようで、徹底的に枝葉を切り、オグナとカ ジカの悲恋物語りに仕上げたと思える。しかし、あの時代を知る者としては「俗 っぽい悲恋物語り・・・」と、愚痴が出るが、これも時代の反映なのかもしれな い。そう見れば、良いビデオと言う事になり、「まあ、こんな物・・・」 キャラクタ―も動くし、演出も音入れもビデオではAクラスです。 最後に問題を1つ。 劇場版”鳳凰(ホウオウ:オウ ハ ダイ2スイジュン 5160)編”でもだが、今回の”ヤマト編”で はとくに気になった問題。原作者は、”人”と”火の鳥”の関係をビデオ作品の 様には表現していない。原作者の物語りでは、あくまで”人”中心であり、ビデ オ作品の様に”火の鳥”が中心に描いていない。まして、ビデオの様に「殉死者 (いけにえ)・・・」と言わない、”火の鳥”の倣慢さを持っている。あれでは 主人公オグナは”火の鳥”操り人形ではないか。 ビデオのシリ―ズになるのなら、”人”と”火の鳥”の捉え方を見直さないと 『火の鳥』のテ―マ(意味)にも、支障を来すのではないだろうか?。 --------------- ジキル MAP086