#9 Article 19 Posted at 1986/12/24 04:13:38 by LTL (MAP086) []
Subject: トウエイドウガ カラ ラピュタ マデ
『ホルスの大冒険から天空の城ラピュタまでの時間』
ー 宮崎駿氏の漫画映画の系譜 ー
***** 東映動画時代(1963年 ~ 1971年) *****
*東映動画*
*1956年東映が日動画を吸収合併し設立*
*『白蛇伝』劇場長編アニメ。この作品から戦後のアニメの新時代に*
*テレビアニメの黎明期から多くの作品を送り出してきた。*
*『魔法使いサリ―』『ゲゲゲの鬼太郎』『銀河鉄道999』
1963年(S38)
*『わんわん忠臣蔵』映画 動画担当
*『狼少年ケン』TV 動画担当
(*11月24日放送開始、虫プロのアトムS38/1/1)
1964年(S39)
*『少年忍者風のフジ丸』TV 原画手伝い(シリ―ズ途中より)
1965年(S40)
*『ガリバ―の宇宙旅行』映画 動画担当(大塚康生の下で)
*『ハッスルパンチ』TV 原画担当(森康二の下で)
1966年(S41)
*『レインボ―戦隊ロビン』TV 原画手伝い
*『魔法使いサリ―』TV 原画手伝い
1968年(S43)
*『太陽の王子ホルスの大冒険』映画 場面設計/原画担当
1969年(S44)
*『長靴をはいた猫』映画 原画担当
*『空飛ぶゆうれい船』映画 原画担当
*『ひみつのアッコちゃん』TV 原画担当(手伝い程度)
1971年(S46)
*『どうぶつ宝島』映画 アイデア構成/原画担当
*『アリババと40匹の盗賊』映画 原画担当(東映動画最後の仕事)
***** Aプロ時代(1971年 ~ 1973年) *****
*Aプロ*
*1965年Aプロ設立。*
*東京ム―ビ―系の作品を制作*
*『オバケのQ太郎』『巨人の星』など*
*1976年シンエイ動画(新A)に独立改組*
1971年(S46)
*『長靴下のピッピ』映画(版権が取れず幻で終わる。)
1971年(S46)
*『ルパン三世(旧)』TV 演出担当(高畑氏とともに途中から。)
1972年(S47)
*『赤胴鈴之助』TV 絵コンテ・原画などを2本担当
1972年(S47).1973年(S48)
*『パンダコパンダ』映画
*『パンダコパンダ雨ふりサ―カスの巻』 原案/脚本/美術設定/画面構成担当
1983年(S48)
*『荒野の少年イサム』TV 原画
*『侍ジャイアンツ』TV 原画1話だけ
***** 日本アニメ時代(1974年 ~ 1979年) *****
*日本アニメ*
*1969年 ズイョ―エンタ―プライズ設立*
*『ム―ミン』『アルプスの少女ハイジ』*
*1975年 ズイョ―映像から発足*
1974年(S49)
*『アルプスの少女ハイジ』TV 場面設定/画面構成担当
1976年(S51)
*『母をたずねて三千里』TV 場面設定/レイアウト担当
1977年(S52)
*『あらいぐまラスカル』TV 原画
1978年(S53)
*『未来少年コナン』TV 脚本/演出/場面設定/画面構成担当
***** テレコム時代(1979年 ~ 1982年) *****
*テレコム*
*東京ム―ビ―新社の関連会社 スタッフ養成の目的で作られた*
*1964年 東京ム―ビ―設立*
*1976年 東京ム―ビ―新社が分離(制作や企画のため)*
1979年(S54)
*『赤毛のアン』TV(日本アニメ) レイアウト(1話~15話)
*『ルパン三世ーカリオストロの城ー』映画 監督/脚本/演出(絵コンテ)担当
1980年(S55)
*『ルパン三世』(145話 155話)TV 脚本/演出(絵コンテ)担当
1981年末~1983年5月
*連載マンガ 『風の谷のナウシカ』 「アニメ―ジュ」徳間書店
1984年(S59)
*『名探偵ホ―ムズ』(制作 82年)TV・映画 脚本/演出(絵コンテ)担当
***** トップクラフト時代 *****
1984年(S59)
*『風の谷のンウシカ』映画 監督/原作/脚本/演出(絵コンテ)担当
***** スタジオジブリ時代 *****
1986年(S61)
*『天空の城ラピュタ』映画 監督/原作/脚本/演出(絵コンテ)担当
日本におけるアニメ―ションは、劇場用アニメをとっても一般の娯楽映画とは別の扱
いをうけることが多い。アニメ=子供向けの図式一般にある
その原因はいろいろあるが、最も大きな原因は1965年(S40)ごろからオリジナル作品が作
られなくなったこと、テレビアニメが1963年(S38)放送開始以降、アニメを作る側が全体
としてテレビアニメに流れが変わったことです。
東映動画を例にとれば、劇場用アニメ―ションですら『サイボ―グ009』66年(S41)か
ら1975年(S50)ごろの「マジンガ―Z」シリ―ズなどの作品ばかりです。
この時期、劇場用アニメ―ションを軸として見れば、従来のアニメ―ション映画とテレ
ビアニメが、必ずしも融和しないまま、劇場用作品の質の低下と客員の減少、低年齢化
に拍車がかかります。
話はそれますが、最近の若手の映画評論家のなかには、この時代をもろにかぶり、アニ
メ=子供向けの図式を頭から信じ込み一般映画(邦画)から外して、テレビタレントの
出る毒にも薬にもならない映画を評論する、テレビで見られるタレントにわざわざ金を
払って見に行く価値のない映画にです。
話を本題にもどして、この時代の終わりは『宇宙戦艦ヤマト』1977年(S52)の大ヒットで
アニメ―ションの事情が一変し新しい時代に入る事は記憶に新しいことです。
「ヤマト」はテレビシリ―ズ(1974(S49)10/6~1975(S50)3/30)の再編集版であるが、技術
的に見れば、劇場用オリジナルもテレビシリ―ズの再編集版も、アニメを区別する上で
は意味がなくなった。東映動画基準では、A級作品は上映時間1時間30分前後以上
B級作品は上映時間1時間前後の作品または、テレビアニメを題材にしたものかその再
編集版であるが、テレビアニメの技術的水準が向上してくれば、A級作品と比べればと
もかくB級作品との差はほとんど見られなく、「ヤマト」などの作品の出現でB級作品を
も越えることに成る。
「ヤマト」だけが、すべてのを変えた要因とは思うわけにはいかないが、一つの形として
一般に現したことはアニメ―ション映画史の事実として見るべきだろう。
それまでは、きわめて趣味性の強い特殊なジャンル映画と見られてきたが、この1977年
(S52)を境に、ひとつの映画文化として捉えられるようになった。その結果数字としては
「ヤマト」封切りの年(1977年(S52))から現在までの間に公開された長編アニメ―ション
は100作品に近い数にのぼる。(1977(S52)「白鳥の王子」 「ダンガ―ドA対昆虫ロボ
ット軍隊」 「宇宙戦艦ヤマト」の3作品。1978(S53)「親子ネズミの不思議な旅」 「おやゆ
び姫」 「ガッチャマン」 「さらば宇宙戦艦ヤマト」 「ルパン三世(マモ―編)」の5作品
1979(S54)「くるみ割り人形」 「アルプスの少女ハイジ」 「海のトリトン」など11作品、
この年「カリオストロ」も作品になるし、「龍の子太郎」は東映動画久しぶりのオリジナル
A級作品、一般には「ヤマト」に匹敵するヒット作「銀河鉄道999」のできた年。)
80年代に入り、劇場用長編アニメ―ションの数はピ―クをむかえるが、初期の作品に
多く見られる、『宇宙戦艦ヤマト』のような再編集作品から、テレビ作品を題材にとっ
ているがシリ―ズとはまったくの別物への移行と時代は変わり、その時代時代に、作品
を出し続けた宮崎氏をとり上げてみた。そして時代は、東映動画基準で言えば、A級作
品の時代に入り。宮崎氏は『風の谷のナウシカ』を私達に送り、また『天空の城ラピュ
タ』を私達の前に。
------------------- 『天空の城ラピュタ』を見て思う。
ジキル。
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