#81 Article 255 Posted at 1991/07/13 18:41:49 by MASAMI KUN (MAP1400) [NO.22]

Subject: Re:*7 1人で生きてゆける? /254 ... /240 /239

この話題から離れられそーにない MASAMI KUN ですぅ(おいおい)
 
  日本では、性というものに(くさい)ふたをしてきたわけだと思います
  「初潮」 がほんの数十年前には 「ご不浄」 と言われていた国なのです
  さすがに ここ20年での 性に関する正しい知識と認識が広がったと思います
 
  が、しかし...
  一般社会ではいざしらず 個々人の家庭などでは まだまだ
  なんとなく恥ずかしいもの(表現が難しい...)だとおもいます
 
	「これはいったい、なにかいいことでもあったのですかぁ?
	 フロイライン・マリア?」
	「ヘートヴィッヒに初潮があったんです! トラップ男爵」
	「そうか! そんな年頃なんだなぁ」
	「おとうさまのH」
	「おめでとう ヘートヴィッヒ」
	「ありがとう マリア」
 
	とまあ 実際 オーストリアやドイツでは、もしかすると
	なんら問題がないかも知れませんが...(おいおい)
	さすがに日本では、建て前ではこうあってもいいのですが
	実際は、ちょっと見かけないと思いますね
 
	「これはいったい、なにかいいことでもあったのですかぁ?
	 フロイライン・マリア?」
	「ええ...ヘートヴィッヒが..」
	「マリア先生! 言わないでっ!」
	「あっ...そ、そうか...そうだったのか...
	 うん....いやあ 赤飯がおいしいな...」
	「.........」
	「.........」
 
	まあ こんな雰囲気にしかならないのではないでしょうか?
	やっぱり 「初潮」 という単語を使うのが気がひけるのでしょう
 
……………………………………………………………………………………………
 
  日本では 小説なので 年頃の女の子が出てくると
  必ずと言っていいほど 少女から大人への過程を表現するため
  「初潮」 を出してくる事がおおいです
  まるで 女の子には あたかもそれしかないような一大事のように記述され
  るのです
 
  少年の場合は 夢精や精通ではなく なにかしらの困難が少年を襲い 
  それを克服する事が 少年を大人にする といった描写がとられます
 
  少年と少女では成長のとらえ方が違うようです
 
……………………………………………………………………………………………………
 
  名作劇場が今回、「初潮」というものを表現した事は 評価できます
  ただし、その意図があまり伝わってこないのが残念です
  マリア先生に心を開いた という事が表現したかったのでしたら
  それは伝わりますが、それ以上のものはないでしょう
  ましてや これでヘートヴィッヒが大人になった訳でもありません
  お話の種 程度に ヘートヴィッヒに初潮ねたを振ったようにもとれます
 
  ルーペルトが マリア先生に憧れて 「夢精」してしまい
  マリア先生にみつかり 
  「ルーペルトも男の子なんだぁ」 と言わせれれば
  日本アニメーションだけではなく
  日本の一般家庭も 性を正しく受け入れられるようになったな
  と言えるかも知れません
  あと 何年かかるでしょう?
  もしかすると 日本では無理なのかも知れません
 
				世界名作劇場が性教育番組ぃ? MASAMI KUN
♪♪