#8 Article 1462 Posted at 1990/03/25 17:42:56 by W.M. (MAP009) [MZ23]

Subject: パート1 の さいご の シーン について

私が MZ23 のパート1 の最後を好きになれなかった理由です。

 パート1 の最後、あれで私はちょっとがっかりしてしまったのです。主人
公が立ちなおってしまうシーンがラストにあるのに、もし続編が出なければ、
これは完全に誤ったエンディングだな、と思ったわけです(実際には続編が
でたので、そうはならなかったわけですが)。

 確かに、あそこで杖にしていた鉄パイプを投げ捨てるのは、かっこいいで
す。でも、その前までのシーンで、「かっこだけでは世の中をわたっていけ
ない、やる気や気力といった精神的なものだけでは、(軍隊などの)大きな
力には勝てない」といったことを、主人公は身をもって知ったはずです。

 それでもなお、パイプを投げ捨てて歩いていくというのは・・・

    (1) 今回は敗れたが、次はきっとこちらが勝つ

    (2) 玉砕してもかまわないから、これからも同じ自分でいく

    (3) 大きな力には負けたけれども、それ以外に対してはかっこをつけていたい

    (4) その他

といった理由が考えられます。パート2 が出て、上記 (1) という意志が実
ったわけですから、まぁよかったと言えるでしょう。でも、もし出なかった
ら、主人公は何も考えてない人間ということになってしまうと思ったわけな
んです。

 ところがパート2 で、イヴにどういう生活を望んでいるかと尋ねられて、
主人公は「毎日を楽しく生きていきたい」といったようなことを言います。
そしてイヴ(と ADAM)は、そのような考え方をよしとして、主人公とその
仲間のみを地球に帰ってよい人間と判断します。

 つまり、あまり考えない(野心的でない、ということですが)人間ならば、
再び戦争を起こすことがないだろうということなのでしょうが・・・。

 うーん、うーん、考えが発散してしまっております。ま、このへんで。

           退場する    MAP009 / W.M. (ダブレムと発音してください)