#75 Article 690 Posted at 1995/10/15 17:26:20 by TOSHI (MAP2425) [MIMI]
Subject: Re:*16 感想/耳をすませば /676 ...... /622 /616
なんとなく考えがまとまったので、RESします。 Largoさんがぬかみそくさいという、汐が雫にあれこれいう場面、 僕には、どうしても叱る言葉の裏に「女の子なんだから」という言葉が 潜んでいる気がしたんです。少なくとも男の子ならああはいわれまい、と。 ブラジャーの件にしてもそうなのですが、 製作者の女性に対する保守的な倫理感が透けて見えて、それが嫌です。 雫の行動原理にしても、自分がこうありたい、という点よりも 好きな男が夢を持っているから、自分も夢を持たねばというあせりの ニュアンスが強かったと思います。比較論を持ち出すのはいやなのですが、 原作にはそういうニュアンスはないあたり、 製作者の立場がどういうところにあるのかわかるのではないでしょうか? 総じて、男性にとって都合のいい物語が描かれていたように思うのです。 おれが仕事にいっている間は、おれの真情を汲んで、帰りを待ちながら、 仕事に打ち込んでいて欲しい……といったような。それを男性側からでなく、 女性側の視点から女性が自発的に動いているように描くから、どうも……。 『天地無用!』や『ああっ女神さまっ』と同じ構造の作品ではないかしら? 女性のいない、男ばかりの世界……。 それから、Largoさんの引用されたWAKさんの言葉について。 WAKさんがどういう意味でその言葉を使ったのかを無視して、 Largoさんが引用された文脈に沿っていうと、 社会論や家族論として、「いろいろな家族がある」と語るのは、 素敵な思想だし、豊かな言葉だと思います。 でも、作劇論、創作論としては、いってはいけない言葉ではないでしょうか? なぜなら、ドラマが描くべきなのは「こういう家族があっていい」ではなく、 「こういう家族なんだ」という説得力ある描写なのですから。 そういう意味で、『耳をすませば』が説得力ある描写を積み重ねていたか というと、だいぶ疑問があります。 TOSHI P.S.男性論理ではないか、という点について、もうひとつ重要な原作改悪が あるのですが、それはまた機会があれば書きたいと思います。 P.P.S.アニメージュに載ったジブリのスタッフ募集に雫がカロリーメイトを かじる場面が引用されていました。中学生の女の子の描写ではなくて、 アニメーターの生活描写に近いという証左ではないでしょうか?