#71 Article 106 Posted at 1990/11/17 12:49:13 by ISAM (MAP1129) [NO.34]
Subject: Re: Re: Re: クラマ、愛ふたたび /105 /104 /103
やっぱりワタルは素晴らしい。 少なくとも、物語を視聴者に理解させようとするその執念にはある種の驚嘆の念を禁 じえない。 ワタルは1において、その物理的な構成を示すために、多くの努力が払われていた。 いま、どこで、何をしていて、これからどうしなければならないのか、を常に受け手 に対して、明確な形で提示し続けていたのだ。 自明さと、それから生じる物語の方向性への視聴者側の心情的な理解が、見る側にと っての主体性へと繋がり、それはある種のゲーム性といったものを作り出していった (これは現状でのヘポイも同様だと感じるが)。 ところが、2においては物語の方向づけへの執念というのはかなり後退してしまうこ とになる。 物語は、ある種のパターンの繰り返しとなって、それはいちいち説明される必要性も ないものとなっていく。 しかし、それは杞憂であった。 2において問題とされているのは内的な方向づけなのだ。 愛といわれているものは、今ここにいてこれからおこなおうとしていることへの個々 の根本的なレベルでの理由づけなのだ。 笑い話ではないが、例えば某宇宙戦艦ヤマトなどにおける愛なるものが、種族的でか つ甚だ全体主義的なものであり均質化されてしまっているのにくらべれば、その差はよ くわかる。 むろん方向性というベクトルは、内的な欠落を補おうという強力な欲求であるから、 愛なるものは甘くせつないものなどではない。 ワタルを見ればわるように、子供にとっては未来への不安であり、大人にとっては自 己が今存在しているということの基盤となっている過去への贖罪でもある。 ヒミコが見た未来はあまりにも暗い。成長した彼女が語るのは失われいってしまうか もしれないものへの願いなのだ。 クラマが最後に苦々しい顔だったのは、忘れ去りたい過去へふれてしまったときに生 じた後悔の念であるが、彼はそれがまた今ここにこうして自分がいて、こうしたことを しているということの意味だということを再度認識させられたことによって、それを忘 れ去ろうとしていた自分自身を戒めざるえないのだ。 次回のシバラク、次々回のワタルもつらい話になると思う。 シバラクは年長者であり、ワタルが対決させられるのは現実そのものである可能性が 高いからだ。 少年だからこそ現実から遊離し、異界へと誘われてしまったワタルだが、それは最終 的な段階では現実へと引き戻され、通過儀礼として意味付けられる性質をもつものだろ うと考えられる。これはワタルが少年だからこそ成り立つという意味では、物語の大き な前提であり、これが指輪物語のような異界ファンタジーとの違いでもある。 ワタルが対決しなければならないのは、そうして失われていってしまうものなのか、 それとも先に待ち受けているものなのか? それはアニメなるものを喜んでみてしまう 我々個々にとっても大きな問題だろうとは思う。 ISAM