#7 Article 743 Posted at 1989/07/05 02:57:22 by 赤間 信幸 (MAP641) [MOMO]
Subject: ミンキーモモ私的魔法少女論part2懲りずにやります。
「ミンキーモモ」 独断と偏見に満ちた私的魔法少女論part2 赤間信幸 注:この私的魔法少女論はpart2です。part1はしっかりと存在しています。 part1の続き的なものでもありますので、そのつもりでお願いします。 さて、まず始めに断っておかねばならないのは、私は第二部の方しかきちんと見て いないことである。第一部はストーリー性の強いものを選んで見ていた。 もっとも、それでありながら「大いなる遺産」とか「間違いだらけの大作戦」とか を見ていないのだが・・・・・ まず、第一部と第二部の決定的な違いは、状況の違いにあると言って差し支えない。 第一部は、いわゆる「女の子向けの子供用アニメ」として作られた感じが強い。 (もちろん、それがすべてとは言わない。) しかし、第二部は、まさに(いい意味での)「マニアによる、マニアの為のミンキ ーモモ!」そのものである。 私はここで、それがどうだと言うつもりはない。が、第二部を語る上で、前提とな るのは、この「マニアの為の」である。 だから、話自体がマイナーになるが、御了承の程を。 まず、第二部は緻密に?練られたバックストーリーの上でストーリーが進んで行く。 要するに、はっきり言って、一般ウケを狙ったのではなく、明らかにマニアウケを 狙っているのである。 そもそも、第一部でモモを殺すという神をも恐れぬ行為をしているのが問題なのか もしれないが、実際問題として、話を作りにくい設定であることには間違いあるまい。 だからこそ、綿密な打ち合わせとストーリー製作が欠かせなかったのであろうが。 そして、ストーリーは「モモの夢」の上で展開していく。 黒雲とは何か? それは、人の心の中に住む、現実への絶望感に他ならない。 モモと黒雲の存在立場はまったく逆である。ここに、当然、力のぶつかりあいが生 じる。モモは、第一部では「夢を与える少女」であったのに対し、第二部では「夢を 守る少女」と、存在理由(変な言い方だが)が明らかに違うのである。 モモは第一部の終わりでこのように語る。 「私は私の夢を見たいわ。 夢の国の私の夢じゃなくて、本当の私の本当の私の夢・・・・・」 御察しの通りである。ここで、モモは使命から解放され(ん?勝手にやめたとも言 える?)、そして自分自身に対して自分自身で「使命」を与えるのである。 これをバックにして、「さよならは言わないで」以降が進んで行くのであろう。 しかし、気をつけなければならないのは、「夢を与える」から「夢を守る」へと、 受け身的姿勢へと変化していることである。正確には、「夢を守る」というよりは、 「自分の夢を守り、そして育てる」だが・・・・・ そう、つまり、(悪く言ってしまえば)モモ自体の弱体化でもある。 結局、他人に夢を見せるのに飽きて「自分で夢を見る」ことにしたのですし・・・・ (もちろん、それが悪いなんて言いません。私はそれなりにいいことだと思います から。) さらに突っ込んで考えよう。 モモは他人に夢を見せる係?だった。ならば、その「他人」に当たる人は、どうい うことになるだろうか? モモが「夢を見せる人」であるのに対し、「夢を見せてもらう人」なのである。 冷静に考えると、これ程情けないことはないのではないだろうか? 他人に見せて貰わないと、自分では夢を見ることが出来ない人が多すぎるのである。 モモが、実際に夢を現実化出来る条件は、まったく夢を持っていない人ではダメな のである。夢を忘れかけている、もしくは失いかけていることが条件なのである。 そして、この残っている夢のパワーを増大し、そして現実化するのである。 ところが、実際問題として、大人になっても夢を持ち続けている人なんてそうそう いないのである。結局のところ、モモはこれに気付いてしまい、そして、現実に敗れ 去る=死ぬのである。 とんでもない考えではあるが、こうも言えないこともないのではないだろうか? 今度は、ミンキーモモの作品自体の技巧について書いてみようかな・・・・・ MAP641 赤間