#5 Article 2482 Posted at 1990/07/29 14:07:57 by MASAMI KUN (MAP1400) [NADIA]
Subject: Re:*18 ふしぎの海のナディア第15話「ノーチラス最大の危機」 /2481 ...... /2441 /2439
こういう論議はすきでふぅ
基本的に みなさんの ベースとなる考え方が 全面的に出ているようですから...
世界名作劇場&カルピスこども劇場大好き & 乙女ちっく少女漫画 大好きの
私が ナディアを どう見てるのでしょうか?
■ナディア! 今回のシナリオはいやっだったよぉぉぉ! 私論■
をひとつ...(おいおい)
まずは 評価ですが...
今回の最後のシナリオ 完成度は 高いです! そう思います はい!★
うまい! としかいいようがありません! はい!★
と、それとぉこれとは話は別で...
1・ナディアの性格ついて
ナディアの性格は難しいですねぇ
菜食主義 理想追求 自然主義 平和主義...
それでもって 不幸な生い立ち...
情緒不安定なお年頃...
といったことで 定義なんてできましぇん!(くすくす)
ジャンとのキャラクター対象性を出すために 2人とも 極化させていますし
ただ ナディアは 理論云々 などしていないとおもいますが...
どうでしょうか?
どちらかといえば 感情で 拒否していると思いますが...
理屈では ナディアだって わかってるはずです!
キングだって お肉をたべるんから....
参考までに 私がこういった事を考えるときは
今までのお話と OP,EDの詩 や イメージソングの詩 を
読み返したりしています
結構 設定から来ていますので ヒントになります
2・ネモ船長について
死の決定権をにぎってる...という解釈がありましたが...
それはぁ 確かにありますが 表面的な解釈になってませんかねぇ?
表現されてる「死」まで気がついたのなら その「人間の死」というものが
どういう意味を持つのか なぜ戦争で人が死ぬのか という突っ込みが
必要だと思いますが...
それとネモ船長の立場ですが...
ネモ船長は、すきで船長しているわけではない
船員もすきで 船員してるわけではない
また 好きで ガーゴイルと戦争(?)し
自分の生命を危険にさらしている訳ではない
とは思いませんかぁ?
3・死という現実
ナディアに現実を突きつける...という考えもあるようですが
そんなものをナディアにつきつけてもなんにもお話が発展しないはずですが.. 一度 その前提にたって 演繹的に ストーリー展開しても
わたしには 「死」からは ナディアの お話の
結論は 出てはこないと思いますがねぇ...
(これは 私にとっての ナディア ですよ! 当然...)
表裏一体なのですが 注意すべきは 「生」 ではないでしょうか?
ガーゴイルがこの世を支配したらいったいどうなるのか...
恐怖支配され 人命は蹂躙される... それを阻止しなければならない
これが建て前ではないですか?
戦争をしたり 暴力を行使する場合には 建て前 大義名分がいるはずです
また 船員各々個人レベルでは 復讐心が原動力となってませんか?
それら 個人の復讐心と 正義という大義名分を しっかりおさえないと
機関長の 目的のために .... なにをしてもいいというのなら
ガーゴイルとおんなじ... という 発言の意味が見えなくなりませんか?
ネモ船長も それがわかっているからこそ 戻ったのだとおもいますが...
ナディアの叫びは 過激ですが 言ってる事は 正しい事だと思いますし
そういう思想は 地球上に 実在し 実証したのですから!
今回の隔壁を閉めて 船員を犠牲にしてしまったのも
船長がその死の決定権をにぎってる という考えとは別の考えがでてくる
はずですが...
4・これから
事実から拾ってみましょう!
主人公は ナディア
鍵は ブルーウォーター
アトランティスの科学力と文明 その実態と ナディアとの関連
ガーゴイルの謎
生い立ち故に 過度に人間不信してる ナディア
見えてる設定はそれほど多くはありません
でも あくまで ナディア を中心に 疑問が説けていき
ジャンや マリーたちの 温かさによって ナディアの心の氷が
徐々に解けるのではないか...?
また その過程で ノーチラスの乗組員 いや ネモ船長でさえ
影響を受けて行くのではないか...
ノーチラスがガーゴイルを撃破してもなんら解決にはならないはずです
ガーゴイルを殺しても 意味がないような気がします
以上 わたしは CONSTRUCTIVE な考え方を根本に持ってるので
ナディアがはじまったときは 勝手に 期待していたのです
家族で見れる NHKの SF冒険活劇 だと....
ナディアの「にこっ」 や OPの絵 からはそう思ったのですが...
ですから どうしても 「未来に向かった 生」 という着目となるのです
この過程の前提にたったら いままでのストーリー展開や
各々発言 OP,EDでの詩の意味 イメージソングの詩の意味
NHKで放映されているという事情 を総合的にみれば
今回の最後のシーンは 不必要だったし 意味が薄いし 不適切だった
いや (これが重要ですが) 理屈はともあれ 生理的嫌悪感がする!
と言ったのです。
ちょっと やりすぎ... と感じただけです
(えぇぇ? 全然 やりすぎじゃあないよぉ!
という方がいらっしゃるのは 百も承知でふ!!)
世界名作劇場&カルピスこども劇場大好きの MASAMI KUN
1925th session
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