#5 Article 110 Posted at 1987/09/01 02:41:25 by W.M. (MAP009) [MZ23]

Subject: メガゾーン23 ノ オモイデ

メガゾーン23の思いで

 つい最近、メガゾーン・パート2を観る機会がありました。それで、3年ほど前
に観たメガゾーン23・パート1について、いろいろと思い出し、ちょっと書いて
みたくなったのです。

 私は、メガゾーン23のパート1のほうはかなり評価しています。
 今でもそうですがそれを観たころも、ロボット物の作品の中には、数や出力や装
備など、実力では絶対的優位にある敵に対して、少数または単独の主人公が「意地」
とか「愛」とか「友情」とか「大和魂」などの精神的なもので打ち勝ってしまう、
というパターンが少なからずありました。相手側だってそれなりに一生懸命やって
いるはずなのに、まるで精神的な面は主人公側にしか存在しないような、この、主
人公本位の甘やかされたストーリー・パターンは、どうしても好きになれません。
つまり、本来ならば「強いから主人公である」であるべきなのに、「主人公だから
強い」になってしまっているのです(余談になりますが、他にも「主人公だから、
団体行動の作戦を破っても、なぜか勝ってしまう」とか、「敵の仲間割れは主人公
側に非常に有利に働くが、主人公側の仲間割れはなぜか主人公側にそれほどの不利
とはならない」などなど、いろいろとバリエーションは多いです)。
 このようなパターンは、ギャグ作品ならばあってもおかしくない(あって当然?)
と思うのですが、リアリティを追求してほしい作品で多出すると、その作品の世界
に入り込めなくなり、見終わって「なぁんだ、やっぱり」ということになってしま
います。
 
 メガゾーン23のパート1は、「最新式の秘密兵器を偶然にも手に入れた主人公
は強大な組織に一人で立ち向かうが、組織の力にはやはりかなわず惨敗し、手に入
れたものも奪われる」というものだったと思います。
 「やはり、こうでなければね。強大な組織とごく普通の個人がぶつかって、個人
のほうが勝ってしまうというような、くだらない終わりかたにならなくて本当によ
かった。そのことだけでも、この作品の価値はある」というのが、見終わったとき
の感想でした。難を言えば、もう少し中盤(今まで東京23区だと思っていた街の
虚構性の説明のところなど)をふくらませてほしかったですが、あの時間の作品で
それを求めることは無理かもしれません。主人公が生きて街に帰ったことは、人気
がでたら続編をつくりますよ、ということなのでしょう。主人公が帰り着く前に力
つきてしまい、彼女はそれを知らずにいつまでも待つ、というのでは、続編がきれ
いに作れないでしょうから(しかし、もしこの終わりかたになっていたら、すざま
じい作品になっていたでしょう。1本のオリジナル・ストーリーとしては、こちら
のほうが良いと思いますが)。
 あと気に入ったところは、実在しない人物の写真やビデオを合成で造る、という
シーンです。小説などではよく出てきますが、アニメーションでちゃんと表してい
るのを観たのはこれが初めてでした(そういえばパート2の最後のほうでも、Ev
eが主人公に向かって会話形式の心理分析(社会分析?)を行ないますが、そこも
気に入っています)。

  尻切れとんぼにアーティクルを終える
                                    MAP009 / W.M.