#43 Article 531 Posted at 1990/12/28 04:21:08 by ISAM (MAP1129) [NO.38]

Subject: Re:*14 「地球の酸素がなくなる日」 /529 ..... /487 /486

あかねちゃん>
 うっ・・・落ち着いて、落ち着いて(^_^;)。
 名作だから価値がある、というよりも価値があるから名作なのよ。
 違います?
 説教くさいのは、説教しているからです。
 そりゃあ、書いている側が「緑が無くなっちゃう、ありゃ困ったわ」といった貞殿の
認識で留まっているからでしょう。
 マスコミでたれ流しにされているトレンディーな情報をそのまんま、いただいて来て
いるから浅いのです。

ALL>
 うっ、手抜き。
 酸素が云々というのは事実としても、それを短絡的に都会の緑へ結びつけるのは、ラ
イターの側の意図にしか過ぎないわけです(この持ってきかたに、別に根拠があるわけ
じゃないのですよ、単なるイメージとして示されているわけじゃあありません)。
 そういうのは単に物事の見かたの問題ですから、その根拠を物語的には「絶対的な価
値観」を持つ精霊なり神様なりに求められると見ているほうとしては、まず困りますね
。
 大地君のように、はた目から見ればエゴイスティックな行動を取る人は、当然その行
為の責任を負うべきなんであって、最後にウルトラマンみたいに宇宙に帰っていってし
まうんでは、批判されている現代人や社会よりも、なおタチが悪いです。
 神様とか精霊といっちゃた時点で、思考的アプローチもくそも、そこで思考停止して
しまいますしね。

 東欧の解放は経済とそれを伝達させた情報の力が大きいと思いますが、社会主義諸国
の民主化によって、それらの人民はよりエントロピーを吐き出す我々のような生活を求
めるわけで、それによって物語にかたられる「酸素がなくなる日」というのはより早く
訪れるでしょう。
 地球の恒常性などというのは、まさに人間による人間のためのエゴなわけで、保守性
の最たるものです。
 物語としては、当然そのエゴの責任を一身に受ける存在は、人間じゃあなきゃウソだ
と思います。

 いい話に見えるというのは、演出が良くて作画がそこそこなら、アニメとかの映像メ
ディアは正しく見えてしまうわけです。
 映像は嘘をつかない、という概念が元々あります。
 せりふの内容の除けばこの話自体はよくある、クリスマスの日におこった奇跡の話と
いうことになるわけですが、そこに短絡的なテーマを無関係に結びつけて納得させよう
という意図が、非常に納得できんわけですね。

 だいたい、都会のサラリーマンのおとーさんは通勤快速に揺られて2時間かかって緑
がたくさんの地方都市の我が家まで、毎日お帰りになられているわけですから、故郷を
捨てて大都会へ出てきた主人公二人が、ノスタルジックに故郷の香りを語ってしまうな
らば「ならさっさと田舎へかえればぁ」という気にもなってきますが。


                               ISAM