#40 Article 4177 Posted at 1995/11/21 02:09:53 by カマヤン (MAP5882) [SCC]

Subject: SCC逮捕事件

失礼いたします。しつこくSCC逮捕事件の事蒸し返します。
以下は、冬コミ発行の「逮捕本」に載せる予定の文章です。
先にあげた文章の意図を説明するために、ここにUPさせていただきます。

             *    *    *

*冬コミに出す逮捕本に執筆協力願った人へ宛てた手紙
 
 この度は無理な依頼を快諾いただき、ありがたく思っています。
 
 SCCの逮捕の件では、今ごろになっていささか不快な事が続きまして、具体的に
言いますと、私に関して悪意的な風評が立っている(らしい)こととか(こういう事
は、神経が太ければ、本来無視してかかるべきなのでしょうが。折り悪く、身体的に
も相当疲労がたまっていた時期だったため、かなりこたえました)、一番の親友であ
った人物と、絶縁状態にならなくてはならない、という結論にたどりついてしまった
事とか…。「彼から絶縁を言い渡された」のではなく、逮捕とそれに関わった事柄を
自分の気持ちの上で整理つけるためには、「彼との従来の交遊を続けるわけにはいか
ない」と思い至ったのです。
 
 私は、「私の事を友人であると考えているであろう」彼に対して、裏切りとして捉
えられても仕方のない事をしてしまいました。一つには、感情的な原因がありました。
先に書いたような事により、心が乱れ、本来向けるべき怒りの対象をいささか錯誤し
ていたようにも思います。怒りや復讐といった感情は、まっすぐに、向けるべき対象
へはなかなか向かず、その矢は、近くの、より当たり易いところへと向かう傾向があ
ります。それゆえの激情でした。これは、言い訳にしかなりません。そのことを知っ
ていながら、感情に身を任せたのですから。とはいえ、彼を非難したのは、必ずしも
一時的な感情のみからではなく、事件の内容をより正確に捉えるためには、彼の非難
されるべき点をしっかり捉え直さなければならないと思い至ったことにもよります。
 
 彼と自分を非難し責任を追求したのは、そうする事によって即売会参加者は、即売
会に対しどのような責任を負っているのか、…簡単に言い直すなら、
    「即売会参加者は即売会会場に迷惑をかけちゃいけないんだ」
ということをまずは鮮明にしたいと思ったのです。その考えは、皆の賛同を得ると私
は思います。
 そして、そのあとで、私はひるむことなく言いたいのです。
    「同時に、即売会会場は、参加者に迷惑をかけてはならない。」
 言い替えるなら、即売会会場側は、己の力の及ぶ限りは参加者を守らなくてはなら
ない。これは、イベンターの常識の一つでしょう。SCCでは、この義務がなされて
いませんでした。
 
 順序として、まず参加者の義務をとことんあぶりだす事によって。私はもっと軽や
かな立場から会場の責任を追求できる身に、己を置きたいと願っています。
 この目論見はなかなかにしんどいものでして、そのしんどさと(まずは自身を、責
められる限りに責めるところから始めなくてはなりませんので)引っ越し後の過密ス
ケジュールと相まって、ストレス負けしてしまい、今、いささか気分がふさぎ込んで
います。
 私も、創作家として生きようと考え、そのうえで守るべきいくつかのルールを己に
課しているつもりですが、必ずしもそれに耐え得るほど強い人間ではないようです。
逮捕の件は、どうであれ私にとっては痕を引くことでして、どうせ痕を引くのであれ
ばできるだけ己に望ましい形での痕にしていきたいと願ってはいます。この願いは、
長い時間をかけ、じっくりと腰を据えてかからねばならないものだということは、私
自身、理解しているつもりです。
 
 警察官の子供である立場からの文章をいただきたいと依頼した意図を以下に書いて
おきます。
 私の知人が、SCCの逮捕を「あれは、無責任の集合体であった」と評しました。
無責任であったのは、サークル参加者であり、会場運営陣であり、警察であり、マス
コミであった、と、彼は言います。このように、表層的に問題をまとめる作業そのも
のは、事実を知ってさえいれば、簡単な事だと思います。問題は、その後です。では、
いかに、なにをなせば問題点の解決に少しでも近づくか。そこが大事だと思います。
 私を非難する人間の掲げる「正義」は、その非難する人間自身の立場から発せられ
るものである場合よりも、むしろ、警察の立場はこうであろうから、一般人の認識は
こうであろうから、という、「実体を持たない他者への気兼ねから発せられる、思い
込みによる「正義」、実体のない「正義」である事の方が多いように思います。また、
そのような「正義」を掲げている者は、それが、自身から発せられているものではな
い、ということに無自覚であると感じます。
 太宰治の小説の中に、「『そんな事は、世間が許さない』などと言うが、許してく
れないのは、『世間』ではなく、あなたが、だろう」という旨が出てきます。私は、
こういうものの考え方が好きです。
 「世間」という実体のないものへ、発言の責任を転嫁し、「世間」というその言葉
を使う人間の頭の中にしか実は存在していないものに自ら縛られ、本当の、具体的現
実・事実を自分のものとして捉えようとしない、という態度、ならびに感覚は、私の
嫌うところです。
 今使いました「世間」という言葉を、別の単語に置き換える事によって、人は実に
たやすく己を免責します。宗教も、イデオロギーも、本来免責するために存在するも
のではないはずなのに、人は、それをそのために使用します。それゆえに、私は嫌い
ます。
 
 私は、ロリータポルノを生業としています。これは世間的な「正義」「良識」とは、
真っ向から対立します。対立するが故に、絶えざる警察との緊張関係が続くと思いま
す。いずれ、その内容なり題材なりのことで警察沙汰にまで及ぶかもしれません。も
しも仮にそうなったときには、今回どころでは済まない偏見と中傷にさらされると予
想できます。その時のためにも、今回の貴重な体験は、大事に使いたいと考えます。
今回の事件は、今後同人誌業界が「世間」や「警察」といかに付き合うかという点で、
一つのモデルケースになるようにも思います。そのために、私は私の信じるところを
おこなっています。それは必ずしも自分のためにはならない事も自覚しています。し
かしながら、信じるところを行わなければ、私が今後描くものも嘘になってしまう気
がするのです。フィクションを作るためには、己に嘘をつくべきでないというのが私
のスタンスです。
 
そして、同人誌業界内部からの、無自覚な、世間的な「正義」「良識」によりかかっ
た次元での非難への対抗となる事を期待します。「世間」というものの存在を忘れる
のは愚かしい事ですが、「世間」の論理に負ける事のない、「世間」に通じる、同人
誌界を含む創作をする側の、あるいは、それを積極的に享楽する者の側としての、私
の考えるところを明らかにしておきたいと考えます。「世間に通じる」視点として、
警察自身の視点を導き出すのは無理ですが、そこに一番近い方の意見を伺うのは、貴
重なことだと考えます。
 
 なお、私たちの事件は、警察内部ではたちの悪い冗談だという以上の扱いではなか
った事を報告しておきます。                           
 
                             鎌倉圭悟
 
 
 以上は、父親が刑事をされている方へ宛てた、執筆依頼の手紙の一部です。
 己の思うところを書きましたので、他の方にも見ていただきたいと思い、
ここにUPします。
 転載は、歓迎します。 
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