#34 Article 626 Posted at 1991/04/15 05:15:40 by RAVEN (MAP2299) [NADIA]

Subject: もりあがってますね!

ナディアに関する議論が白熱してるようですね!
そこで2~3僕なりのフォローや意見を述べさせてください。

<1>
とりあえず僕は、ナディアに否定的見解を持っているのですが、
同時に、ナディアを見て感動したという人が、どういう点に、どのように感動したのか
とても知りたいと思っています。
ためしに、NIFTYのアニメフォーラムでの、ナディア最終回のためのチャット会議
にも出てみたのですが、今一つ、納得のいく意見は聞かれませんでした。
ですから、このネットを読んでいる人。
どなたでも結構ですから、ナディアの、こういうところに感動した、あるいは、
こんな思い入れを持っている、または、このキャラクターにこんな風に感情移入した、
など、どんどん挙げてくれるとうれしいです。
そして、出来れば、ナディアという作品が、あなたが生きていくうえで、
あなた自身に、どんなふうに影響を及ぼしたのかを、聞かせて下さいませんか?

僕自身のことを言えば、僕がナディアを否定するのは、僕という個人が、
「人間が生みだす全ての創作は、人間そのものに向かうべきだ」
という考えを持っているからであります。
このことに関しては、いずれ、総論としてアップするつもりです。
(アニメージュ誌5月号に載った、庵野氏を囲む座談会記事も分析します)

<2>
レッドノア爆発のBGM。
聞き返してみましたが、マクロス等で、同じような曲の使い方をしていた気がします。 
メロディーのおおもとは、たぶん、風と共に去りぬの「タラのテーマ」
あたりではないでしょうか。
スピルバーグの映画を見ても判るように、音楽の力と凄いものです。
生理的に心地よい絵のバックに、美しいメロディーを流せば、それだけで
なんとなく感動できてしまったりしますから。
(ただ、スピルバーグの凄いところは、それを方法として使って、真の感動を
生むことが出来ることなんですけどね)

<3>
メディアとナディアの符合には気がつきませんでした。“エレクトラ”も、
“メディア”も、おそらくギリシャ神話から採ったものと思われますから、
(エレクトラは、アガメムノーンとクリュタイムネストラの娘、メディアは、
コルキスの王アイエテスの娘ですね)ちょっと引っ掛けてみたのかも
しれません。
ご丁寧に、エレクトラさんが完璧な“エレクトラコンプレックス”であったのは、
言うまでもないと思います

<4>
「僕には撃てません」のシーンは、全くの無駄だと思います。
誰がどう見たって、ジャンは“撃たない”ことが分かり切っているからです。
予想を裏切ってジャンが撃つのならともかく(まあ、素人が撃って当たるような 
銃かどうかは別にして)最初から選択の余地がないものをわざわざ描いて
時間を無駄にすることはないはずです。むしろ、
何かを“しない”ことを描くより、何かを“する”ことを描くべきだったでしょう。
ですから、単に演出的にすら、あのシークエンスは無意味です。
ナディアという作品には、こういった、分かり切ったことをただなぞるだけ、
という部分がかなり多かったように思います。
観る人間にとっては、不安を感じさせる要素が少ない分、楽にストーリーを
追えますが「最高の答えは最高の難問を発した者のもとに」という言葉もあるとうり、
ある程度の心理的リスクは覚悟の上でないと、本当の感動というものは
得られないものです。
付け加えて言えば、感動とは、趣味の問題ではありません。
なぜならそれは、自分の心の中にできた知恵だのプライドだのという、
くだらない障壁を打ち崩して呉れるべきものであるからです。
無論、人によって感動の“しかた”(コンテキスト)というものはありますが、
感動とは常に、既成の枠組みを超えたものです。
自分が、ある作品から受け取ったものが、果たして本当の感動であるのかどうか、
各々胸に手をあてて、よく考えてみるべきではないでしょうか。


つい調子にのって、長文を書いてしまいました。
議論に水をさすようですみません。                                                       結城 二十六@