#34 Article 542 Posted at 1991/03/29 22:30:31 by RAVEN (MAP2299) [NO.37]
Subject: ナディア37話
「ネオ皇帝」 取りあえず・・・ あえて言及すべきようなことは、何もなかった。 が。 一応、コメントはしておく。 動画はボロボロ、撮影はガタガタ。 まあ、それはどうでもいい・・ 縮退炉だの、エルトリウムだの。 それも、驚くほどのことではない。 アダムスキー型レッドノアにも、べつに興味はわかない。 反射衛星砲も、まあ、それはそれだ。 生理的リズムを無視したバラバラなカットワークも。 レイアウトの甘い、いい加減な切り返しも。 気にはするまい。 パリの町に風呂敷や大八車が転がっていようと。 ナディアに、ボンデージを着せようと。 ノーチラスのケツがTB-1であろうと。 徳川機関長を気取ろうが、「ありがとう」と演説しようが。 もう、なんでもかまわん。 だが、相変わらず人間不在のドラマには、やはり苛々させられるのだ。 主人公は誰なのか。 あの、その他大勢は何のためにいるのか。 はたまた、ナディアは誰の考えを喋っているのか。 (人を睨みつけるだけが能ではあるまい) そもそも、彼女を支えるものは、何なのだ。 ナディアという少女は、いったいぜんたい、どこの誰だ。 誰か、教えてくれ。 そう言えば、彼女が実験体を見せられるシーンは。 TVの特番で斎藤由貴が、ベトナムの枯葉剤による奇形児を見せられるシーンに。 よく、似ていた。 斎藤由貴は、人間になれなかった、命の残骸達をまえに。 放心状態となって、その場に崩れたのだったよ。 ああ・・ この世に悪の栄えた試しは数多く、数え上げればきりがない。 現実は厳しく、ジャンは無力だ。 でも、だからといって。 その場しのぎの適当な蘊蓄でお茶を濁すことに、何の意味があるのか。 ミッシングリンクも、猿も、鯨も、アダムも。 結局のところ、どうだっていいことではないか。 本当に語るべきことは、そんなカタログデーターみたいなことじゃなくて。 もっと別にあるのではないか。 人間を虫けらのように殺す物語を描くいじょうは。 それなりの責任を果たすべきではないのか。 それが、物を創る人間の、誇りではなかろうか。 いや。 確かに、まだ結論には早い。 あと二回、物語は残っている。 それを見てから、あらためて論ずるべきことも、色々あるだろう。 エレクトラさんの尻や胸をナメている余裕があるのなら。 彼らにも、それは可能なはずだ。 期待して、待つ。 結城RAVEN二十六 (ナディア大ファンの人ごめん・・・悪気はないのだ)