#25 Article 844 Posted at 1993/06/29 21:41:12 by RABIT-GTI (MAP3022) [ANIKENREN]
Subject: Re:*5 連合の発足:長文御注意 90L /827 ... /821 /819
またも化石RESで恐縮ですが、アニ研連の発足当時の話題が出ているようです ので便乗して、詳しく無いのですが当時の記憶を書いてみたいと思います。 ただし私はスタッフでは無く、スタッフと余り接触した事も無かったので、以下 は個人的な印象ですし、勘違いも混じってるかも知れません。(あくまで外から 見ての印象です。) *** 長文 134 行です !!! *** 1.名称 確かに最初は「学生アニメーション研究会連合」と先頭に「学生」が付いてました が、すぐに消えたようです。いきなり余談ですが通称は「アニ研連」「研連」が普 通のようですが、何故か初期の一部の人は「連合」と呼ぶ癖が付いてしまってます。 労働組合みたいですね。MAFUNE さんや私もそうですが、おのぎんさんもそうだった りして (^_^)/ 2.発足当初の印象 発足の経緯は MAFUNE さんが Articlr 818、819 に書かれましたが、当時の早稲田 アニメ同好会の一般メンバーとしては、出来た話も殆ど知らず、連合第1回上映会 のパンフを後から見ると「正式にはこの上映会をもって発足します」と書かれ、設 立4団体として何故か自分の所属サークルの名称が書かれてあるのが実に不思議で した。それ程うちは、当初よりサークルとしていいかげんだったという事でもあり ます (^_^;) 3.第2回上映回 私はこれに最初に行きました。会場が早稲田大学7号館と聞いて、またびっくり。 完全に早稲田アニメ研のセットアップで、同じ大学でも同好会は全く何もしてませ ん。私は偶然、ゲストの宮崎駿のすぐ斜後ろに座ったのですが、宮崎駿は上映も全 部見て、上智アニメ研の力作ペーパー「八王子の蛙」のカリ城パロシーン(ヒロイ ンが追われて戸を開けると塔の上)では大いにウケて笑ってました。上映後の講演 では「これだけの熱意と労力に感心しました」「でもセルを使いこなすのは難しい ですね。プロとしては素人に簡単に使いこなされてたまるかってのもありますが (笑)」とか、「新古事記物語 タケル」(早稲田アニメ研究会)を評し「ツキヨ ミと闘う場面の浮揚シーンの空間感覚が素晴らしい。ただツキヨミの言っていた 「光りあれば影もある」は一面では正しいから、それを草薙の剣という侵略側の道 具で倒してめでたしってのは気になる」とか言ってたのを覚えています。堅苦しい 話では無く、好き勝手話している感じで中々盛り上がっていました。 4.当初いた団体 入れ代わったサークルも結構多いですが、個人的には「多摩美術大学アニメーショ ン・フィルム・コーポレーション」と「明治学院大学アニメーションサークル"あふ ら"」が印象に残っています。TVアニメの強い影響を受けた作品が大半な中で、パ ペット、CG、子供向け切り紙作品など、明らかに全く毛色の異なった作品(^_^;) を継続して出品してて、全体のバラエティも広がって楽しみでした。結局はメンバ ー減少などにより脱退していってしまったようですが、現在でもこのような趣向の 作品は連合上映会では余り見かけない気はします。 5.当時の上映会 現在は年2回の合同上映会も定着し観客も増え、そこでの上映が目的にもなるのか 「対象客層の違う作品」「全然異質な作品」は余り見られないようですが、当初は 「子供向け」や「表現の面白さ」を狙った作品等も少数ながらあった気がします。 (でも、今回の「葬祭」なんかは海外にも持っていけそうな気もしましたが。) PAFや日本アニメーション協会でもそうでしたが、最初のうちはアニパロや「嘘 の予告編」さえ出ればつまらなくても拍手喝采で、ちょっとうんざりでしたが、2 ~3年もすると次第に観客も食傷して来たのか、同じ受け狙いでもつまらないのは シラーと静かに迎え、出来の良く工夫の見られるのは受けるという良い傾向になっ たと思います。 また作品数自体も少なかったので1サークルが3~4回も全く同じ作品を続けて出 す事は普通でした。好きな作品なら嬉しくもあるし、そうで無いと見ていて苦しく もありました(^_^;)。当時はビデオ化も滅多にありませんでしたし。この点最近の ように新作が大半で、とても講演など他の事を入れる時間が無いというのは凄い事 ですね。 6.定例会 定例会はかなり当初より、新宿のカトレアだったと思います。安くて大勢入れる のがいいですね。私はスタッフでは無かったですが、何回か覗きにいきました。 7.瓦版 今もあるのかも知れませんが、各サークルが持ち回りで近況などを好き勝手に書い て配布するのがあり、各サークルのカラー・雰囲気が現れてとても楽しみでした。 8.東大SFA まぁ、雑談ついでに過去の話なんで書いてしまいますが、当初は何故か「反東大包 囲網」などと意味不明の流言があったようです(^_^;)。東大SFAは当時から同人 誌(みんなのうた特集など)、駒場祭上映会などで圧倒的な質・量を保ってました から、六大学野球みたいなノリで対抗心を持った人もあったのかも知れません。 あ、誤解の無いように書きますが、当然ながら連合のスタッフがそんな言葉を公言 したとかって話は私は全く聞いていません。そもそも当時SFAは自主製作はあま りして無かったので競合する筈も無いし、今ではSFAも連合加盟サークルですし ね (^_^;) ま、そんな話題もあったという程度です。 9.コミケへの共同参加 記憶では、実は当初の連合では上映会の度に司会が「アニメ研連合は自主製作サー クルの集団という訳では無い。現在は合同自主上映会開催がメインだが、それだけ では無く、各サークルの連絡団体として、同人誌とか協力しあえる他の活動もやっ ていきたい。だから製作して無いサークル、製作しないサークルも歓迎ですよ!」 と言っていたと思います。 実際、一緒にコミケに出ようを合言葉にコミケ(晴海)に共同参加しました。コミ ケのパンフにも数欄並べて「アニメーション研究会連合参上!」と出し、出店の机 の前面にも大きく「アニメーション研究会」と書かれていました。 ただ、合同自主上映会の場合は作者も多くの人に見せられ、観客も各サークルの学 祭を回る手間が省けて双方に大きなメリットがありますが、コミケの場合は売る物 は結局同人誌を出している一部サークルの本しか無いし、そういうサークル(慶応、 中央、上智など)は元々自前でも出店してましたから、いまいち共同参加のメリッ トがピンと来なかったという印象でした。結局コミケ参加は1回で終わってしまい ました。 10.次第に自主製作&合同上映中心へ 「9.」に絡みますが、当初は「製作・上映だけでは無い」とアピールしてたもの の、1~2年すると定例回でも「次の上映会のために各サークルは頑張って製作し て、是非間に合わせましょう」「え、出せなそうですか? 頑張ってくださいよ」 という雰囲気が高まって来たような気がします。勿論、自主製作振興は良い事だと 思うし、観客としても恩恵に預かれてとっても嬉しいのですが、早稲田アニメ同好 会は (1)まとまりが全く無い (2)集団活動という発想が無い (3)その結果連合に何 の貢献もしない... という、そもそも実にいいけげんなサークルなので、個人製作 する人がいなくなると参加自体が困難になってきてしまいました。 なにせ中央はじめ技術と組織・熱意のあるサークルは、当初より率先してOP撮影 や当日の映写など多大な貢献をしてましたし、それに対してうちはOP参加と受付 分担程度しか出来ないし、それすらも息切れするという情けない状態でしたから。 なんか最初の話と少し違うなぁとも思うし、でも有力サークルの貢献を見ると後ろ めたくもあるし。それでも私の在籍中は加盟し続けて、しばらくしてから早ア同は 脱退したようですが、製作を殆どしない弱小団体としては、やはり連合に残る事は 難しいかも知れませんね(^_^;) 今でも観客として見に行っている現役もいるよう ですが。 11.最後に あれ? 連合の話が、なんか自分の所属してたサークルの話になってしまいました ね。(^_^;) とにかく、最近は上映の手際、司会の運営が非常にうまいのには敬服 する限りです。個人的には、初期の上映会で特に好きな作品は「恐怖のルンルン」 (法政)、「ハナコの夢」「りばいばる(予告編)」(中大)、「パワードスーツ」 (慶応アニメーション・フィルム)とかでしょうか。(^_^;) 連合という連絡組織があるお陰で学祭など上映回の相互案内が楽に出来たり、また 78年のアニメーション全国総会(4年前の東京大会)では各サークルの連合担当 者を窓口に多くのフィルム借用の交渉が出来て大変助かりました。(その際は勝手 なお願いだったにもかかわらず大変お世話になりました > 各出品サークル様) ここらは、合同上映会以外での連合の陰の大きなメリットかと思っています。 長々と失礼しました。m(..)m RABIT-GTI