#22 Article 2237 Posted at 1994/08/17 15:00:33 by ISAM (MAP1129) [USHIRO]
Subject: Re:*20 うしろの正面だあれ /2235 ....... /3185(#20) /3176(#20)
ここで、前提としておきたいのは、作品なり創作なりってのは所詮、自分の意見、 意志を普遍化したい、おしつけたいっていう意図のもとに作りだされているわけで、 様々な理屈をつけて、価値を絶対化しようとする・・・それが作り手側から見た創作 の本質なんではないだろうか、と思いまふ。 仮に、俺のように同人誌が1冊しか売れなくても(^_^;)、作ったものには自分の意 志を押しつけたいという意図が、意志、意志つまっているわけ。 その点では、HIDE氏の意見には全然反対なわけですね。 この反対の中心ってのは、例えばゆーさく氏の書かれた、文章なりなんなりを、創 作としてとらえているかどうかってことなんじゃないかと思います。 私は、創作(クリエイト)として捉えます。 つまり、創作という事実からネット書きこみのみ分離しようとするのは無理だと思 うのです(なんの想像性もない感想として)。 例えば、エンディングの改竄といったことが法的権利のもとでおこなわれるなら、 そりゃちょっと嫌な社会的問題でしょうが、権利の及ばないところでまったく私的に 個人的趣味や、興味、善意(こりゃ、ちょっと嫌くさいが)のもとにおこなわれると すれば、それを非難する倫理的根拠さえ元々は存在しないものでしょう。 それをあえて存在するとすれば、作品という不可侵な領域を恣意的に作りだしてし まっているとしか考えられないのです。 その前提においては、HIDE氏もゆーさく氏も同じに僕には思えます。 つまり作り手側から見た作品像というのがあるだけなんですね。 しかし現実の作品というのは、そうじゃないと思うのですが、どうでしょう? 実際には、受け取られる過程でいいように切り刻まれ消費されるのが作品だと思う のです。 また、その消費される過程自体が創作を含んでしまっているのが現代というものじ ゃないかなあと。 その創作=フィードバックにすぎないのでしょうが。 現実に、こうした不特定多数の目にふれる場所で開帳される以上、それはいかに 「無駄、無駄」と否定しようとしても、それなりの影響をもってしまうものですし、 そうした影響というものを、元になったアニメ作品からのそれと明確に分離する方法 というのも存在しない、というよりも分離しようとすれば、その行動自体が、ある種 の意志の発露として、相手に自分の価値を押しつけることになってしまうのではない かと考えます。 また創作におけるオリジナリティと非オリジナリティについても、少し考えると。 オリジナリティというのは現代的な神話の一つになってしまっているんじゃないで しょうか。例えばシェイクスピアなんかにおけるオリジナリティとは何だったのかと か考えると、ちょっと混乱する部分もあります(ウッディアレントカモイルシ)。 このアニメにしてもオリジナルといっても、原作つきではあります。 また、コミケに流れるアニバロ群・・・ありゃ「無駄無駄」なんでしょうか。 こで言われているオリジナルというは、突き詰めて言えば商業的な価値としてのオ リジナルにすぎないのではないでしょうか・・・例えば著作権法なんかと照し合せた ときの・・・まあ、演出とか脚本への不可侵というのも、業界内における秩序維持が 外延してきているだけのような気もしますし、こういった場でいくらやっても、そう いった行為自体に誰かが文句をいう筋合のものではないでしょう(もちろん行為自体 ではなく、その行為の程度に対する非難っつうのは考えられますが)。 それに関して、まだ納得されない、なんかお墨付きがほしいって人は。 私が、許します。 どうどうとやってください(エッオマエガナニオイオウト、ナンノカンケイモナイ??)。 まあ、プロの方々が業界内の利害を考えて色々やるのはかまいませんが、その輪を こちらまで広げないでほしいなあ。 ISAM