#212 Article 273 Posted at 1996/05/06 15:39:10 by 北小路あやめ (MAP4011) [NO.05]
Subject: Re:*4 すれちがい /270 ... /260 /244
> ○AGが原因なんでしょうか。私はこれはときた監督の方向性だと思いますけど。 「みかげちゃん」の場合は、途中の路線変更が主な問題だったのでは? それ以外は、ときたひろこさんのことや、監督の職域についてよく知らないので よくわかりません。最近は、文芸担当の方のほうが気になります。 YA○は、私は魂の抜けたときの平板な感じの張本人ではないかと感じています。 はやくいえば、指導が無いと、ファンには悪いけれど作品が #148 以上でも以下 でもなくなる、というわけです。 絵と動画が良ければ、他の面はともかくそれで作品として成功とする、という 教育をしているのではないかとうすうす感じているのですが。そうでないことを 祈りますが。 >屈辱の描写はあくまでもお母さんの台詞に繋げるための伏線でしかない筈。 >ブルマを強調しているのではなく、取り替えていない&体調が悪いという 確かにその描写のようですが、ブルマはファンサービスな面もあるでしょ。 屈辱の描写は、原作では単なる羞恥心の描写になってます。女性としての屈辱を 味わわせることになってないのです。これではまるで、おしっこをもらしたときの 屈辱のようで・・・。アニメ版では「恥ずかしい」のではなく、プライドが傷つけ られたことになっているわけです。 と、ここまで書いて思い出した。女性は第一にペニスの欠如、第二に月経に よって生涯一番の屈辱を受け、女性としての後天的人格を強制される(ボーヴォ ワール「第二の性」)とのアニメ版スタッフの考え方でしょう。これはやりすぎかも。 ここでの、タカちゃんとの連帯感は同じ屈辱感を味わった同士から、という より自然さも出てきますが。 もちろん、この屈辱を何も知らないヒロシ君には、 ここでは何もわからなくて当たり前。「わかって」ももらえないわけですね。 (ここまで、なんかものすごいセクハラ記事のような気が) 「思いやり」は思いやりを持ってない人でも軽く言える、うわべの台詞です。 原作の台詞は、「お父さんに何かしてあげてるだけで幸せ」とあくまで行為の せりふ。これが嘘じゃないということで深いのでは。 私は「思いやる」と聞いただけで「ウソツキ!」と言いたくなる性格だから かも知れませんけど(笑)「思いやる」という言葉を使わないで思いやりを表現 してほしかった。 前半とはあまりつながっていない気がしました。 マクロ的と言われると、何か肝心の「魂」「愛情」が抜けているよう、と前回 書いた通りです。 否定的な意見が問題なら、裏表で手加減することになるので、私にはちょっと 書かないこと、くらいしか(^_^;) 成人儀式の赤飯は、屈辱の血染めの白飯 MAP4011 あきほ