#210 Article 14841 Posted at 2000/07/27 07:16:16 by 高木志郎アオ (MAP3887) [MOVIE]
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秋の劇場版アニメ。
『エースをねらえ!』(1979/9/8)東京ムービー新社、出崎統監督
藤川桂介が劇場公開用に書き下ろしたオリジナル脚本を映画化。原作前半の
クライマックス宗方の死までを描いた。旧テレビシリーズの出崎統・杉野昭夫
コンビが手がけた。
監督の出崎統は「俺達に『白雪姫』は作れない…。アニメーションであるこ
とに満足し、アニメーションであることに必然性を求め、高い芸術性を持ち、
時間を持ち、『これがアニメーションだよ』とすべての人―に語りかけること
の出来るそんな作品は…あの『白雪姫』は…我々には作れない…。だから、ア
ニメである前にフィルムでありたい、と思うし、アニメである前にドラマであ
ってほしい…と思う。少なくともこの『エースをねらえ!』が特別アニメーシ
ョンでなければならないという意味―はない。けれど数少ない『あいうえお』
と身振り手振りを混じえて、とにかくそれしかない俺達の『アニメーション語』
でこの作品を造り上げた。アニメーションである『必然性』などは求めまい。
そこにひろみが走り、麗香が打ち、蘭子たちの青春があればよい。宗方仁の燃
え尽きる命が一瞬劇場の舞台の隅をよぎればよい…と。そして、未熟さ故の多
くの反省とミスが残った。それは今まで仲間と共に手懸けて来た『作品』の時
と変わる所はない。いつもと同じだった…。いつもと同じだから…よかった…
と思う。」と記している。
『未来少年コナン』(1979/9/15)日本アニメ
『野球狂の詩 北の狼南の虎』(併映)日本アニメ
NHKが初めて着手したテレビアニメ『未来少年コナン』の劇場版。ただし
テレビ26回分の量から再編集したのだからダイジェストもいいところで、演出
の宮崎駿は再編集の作業を断り、名前をタイトルからはずすことを要求した。
このため監督は佐藤肇となっている。
『北の狼南の虎』は1時間のテレビシリーズで2週にわたって放映され、好評
だったエピソードを劇場用に再編集、アフレコも録りなおされた。
『星のオルフェウス』(1979/10/27)サンリオフィルム
サンリオが、世界中でギリシャ神話再発見の口火を切ろうと、雄大な構想で
取り組んだ作品で、深井国ら日本のアーティストと、かつてディズニー映画で
腕をふるった米アーティストたちがチームを結成、ハリウッドで製作された。
製作の辻信太郎は「日本人の作った映画が外国で上映されて、『なぁーんだ、
こんなものか』といわれたくない。そのことが、いつも頭から離れず、長い製
作過程の中でことあるたびに、『あのウォルト・ディズニーだったら、どうし
たろうか』と考えながら、未だ誰も手がけなかった70mmアニメーション、そし
て音楽はドルビーシステムによるディスコサウンド、と最高の作品を求めて、
アニメーションの主流となるような緻密なフィルムを作り続けたのです。その
結果イメージボード作りだけで2年間も費してしまいました。そして、天地創
造と地獄の王プルトーンのシーンでは、今までのセル方式では出せなかった情
感を表現するため、日本人スタッフの開発したシャドー方式を採用したこと、
また、パエトーンが炎の馬車を走らせるたった6分間余りの場面を5、6人の
アニメーターが2年半もかけて描き出したことなど、思えばどのシーンにも、
スタッフのあふれる情熱と苦心がこめられているのです。」と述べている。
『がんばれ!!タブチくん!!』(1979/11/10)東京ムービー新社、芝山努監督
いしいひさいちが「漫画アクション」に連載してブームとなった野球4コマ
漫画のアニメ化。
タブチくんは、実在の田淵幸一選手をモデルとしたキャラである。'78年に
クラウンライターは西武に球団経営を委譲し、'79年所沢に西武球場が完成、
新生西武ライオンズが誕生した際に、田淵も阪神から西武に移籍した。同年、
パ・リーグで西武は最下位となり、アニメでも“セイブ・ライオンズは、人生
の辛酸をなめつくした人々が集まる最下位球団”という設定だった。
マルチラウンド・アニメーションという9本の短編連作になっていて“いつ
ご入場になっても、どこからご覧になってもOK!!”だった。当時映画界では
11月は客入りが悪いと言われていたが、大ヒットして以後シリーズ化された。
アニメブームで、映画の数も増えました。『エースをねらえ!』はテレビの
再編集でなく劇場用新作ということで、気合の入った力作だと思いました。
21世紀まで、あと158日 高木志郎アオ