#210 Article 14730 Posted at 2000/05/21 07:37:25 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
Subject: Re:*10 1975 /14727 .... /14710 /14708
そして'75年10月、大ヒット作が登場した。
『一休さん』(1975/10/15~NET→テレ朝)東映
『少年徳川家康』の後を受けて始まった『一休さん』第1話「てるてる坊主と
小僧さん」は視聴率12.9%だったが、第4話「しの字とひとやすみ」で一気に
20%を突破した。
高見義雄プロデューサーは「俺も長いあいだ、この仕事やってるけど、あん
なのこれだけ。凄かった」「電通の坂梨さんが、母と子の物語として仕掛けよ
う、と。『一休さん』って子供が大人をやっつけちゃう話でしょう。でも、そ
れが生意気に映っちゃ困るんで、お母さんと引き離されて一生懸命修行をして
いる姿、つまり可哀相な側面を見せておこうってことなんだけどね。」と回想
する。
当初は一休禅師の伝記としての側面が強いが、シリーズの継続によりキャラ
が一人歩きし、しだいにコミカルな側面の強い作品へ様変わりしていった。
脚本の辻真先は「ふしぎなのは書いているうちに、しだいに各人物の性格が
変化していったことだ。悪役でしかなかった将軍が好人物の三枚目となり、一
休のお目付け役だった蜷川新右衛門がよきワトスン役となった。その他のわき
役も、それぞれ所を得はじめた。マンガの成功不成功はキャラクター作りの面
白さによるといった小池一夫さんの言葉が、大いに腑に落ちた。もちろんわれ
われスタッフの力だけではなく、適材適所の声優さんの工夫がものをいった。
一休役の藤田淑子さん、新右衛門役の野田圭一さん。将軍役のキートン山田さ
ん(あのころはまだ山田俊司だったかも)の『のっほっほ』という笑い声など
は、彼の創作である。」と書いている。
こうして『一休さん』は7年弱の放送期間、平均視聴率24.2%を誇るヒット
となった。
しかし、脚本の藤川桂介は「電通のプロデューサーの坂梨港氏と東映動画の
矢吹公郎氏と打ち合わせをしました。そしてそのとき、執筆条件として、必ず
番組のどこかに教訓が入るように工夫してくださいという注意がありました。
しかし話の流れが自然にそうなるのであればぼくは一向に構わないのですが、
教訓を入れることが絶対的な条件だと言われて、ちょっと違和感を感じました。
それでその理由を、問いただしたところ、それはスポンサーの強い要望で、拒
否すると番組は維持できないということでした。(中略)番組作りには興味は
沸きますが、どうも気持ちよく書くといった状態にはなりそうもありません。
みるみるうちに創作意欲が薄れてしまいました。執筆本数が少ないのは、そん
な理由からでした。」と書いており、提供の日本船舶振興会の圧力があって、
必ずしも順風満帆だったわけではないらしい。
「♪戸締り用心 火の用心 戸締り用心 火の用心 月に一度は 大掃除 げんげん
元気な 月曜日~」のCMで、右翼の笹川良一って強引な印象なので、圧力は
すごく強かったのかも?
それにしても藤田淑子って歳をとりませんね~。『デジモン02』ではやっと
中学生になったけど…(笑)。
21世紀まで、あと225日 高木志郎アオ