#210 Article 14665 Posted at 2000/04/11 06:29:28 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]

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'73年4月の子ども番組。

『ひらけ!ポンキッキ』(1973/4/2~フジ)
「21世紀に生きるこどもたちの才能を100%開発することを目標にフジテレビ
が総力を上げて研究した幼児教育番組」とコピーにあるように明確な視聴対象
年齢を持ち、児童心理学者、幼児教育者などの専門家を動員し、準備に1年半
かけて、ぬいぐるみやコントなど速いテンポで楽しさを広げる幼児番組が作り
上げられた。『セサミストリート』の真似ではあったが、ユニークなキャラク
ターや音楽センスの良さは抜群だった。
「♪むわいにち むわいにち ぶぉくらうぁ てっぱんぬぉ~」
 子門真人が独特の節回しで歌う挿入歌「およげ!たいやきくん」は、1975年
11月に登場、翌'76年春の交通ストで家にくすぶっていたサラリーマンが歌詞
に共感し、年間442万枚という空前の大ヒットとなった。

『新八犬伝』(1973/4/2~NHK)
 NHK連続人形劇の5作目は、それまでの『ネコジャラ市の11人』のような
無国籍な作品とはスタイルを変えた時代劇となった。曲亭馬琴原作『南総里見
八犬伝』を脚本の石山透が現代タッチで再構成した。NHKから脚本の依頼を
受けた石山は当初『八犬伝』を現代のテレビに移しかえる意義を見出すことが
できなかったが、偶然「南総里見八犬伝はすぐれた読本(よみほん)である…」
という解説が心をとらえた。
 石山は「読本とは、読んで聞かせる本であり、読んでもらう本ではないのか。
とすれば……私は、原作の一部を、声に出して読んでみた。そして、それまで
全く気づかなかった魅力を発見し、感動した。すぐに私はテレビの脚本を書き
はじめた。いや、私はまず書くという気持ちをすてた。私は万年筆を、語るた
めの道具にした。『はじめに言葉ありき…』という聖書の一句が、私にとって
実感となった。その時『南総里見八犬伝』は私にとって、意義ある作品となっ
た。」「『新八犬伝』には『南総里見八犬伝』以外の馬琴の作品、例えば『椿
説弓張月』などのストーリーが組みこまれている。さらに、史実や伝説や、古
今東西の文学、演芸、歌の文句なども臆面もなくぞんぶんに、もりこまれてい
る。これは、馬琴が『八犬伝』を書くに当って、中国の小説『水滸伝』や『三
国志』そのほかを、自由勝手に利用したのと、同じやり方である。」と書いて
いる。
『新八犬伝』は坂本九の講談のような軽妙な七五調のナレーション、歌舞伎や
文楽の手法を取り入れた道具立て、そして何といっても精巧で色彩豊かな人形
によって魅力的な番組となった。『ネコジャラ市』以前の漫画的にデフォルメ
された人形と違い、人間の顔立ちに近く、神秘的な雰囲気の人形が登場したの
である。
 人形を作った辻村ジュサブローは「浅草の観音様にお参りしたのネ。その時、
かやぶきの屋根を見て、これは“八犬伝”に似合うなと思ったの。そしたら2
日後に“八犬伝やりませんか”と話がきて、仏様のお告げだと思いました。人
形1体の製作費は30万円くらい。身長150センチの玉梓は私が使いましたが、
人形使いというのは、女の人形は男が、男の人形は女が扱うのがいいみたい。」
と述べている。

『ヤンヤンムウくん』(1973/4~NHK)
『おかあさんといっしょ』で土曜日に放映された山元護久・片岡輝の作による
人形劇。
 川本喜八郎は1962年にCM制作会社シバ・プロダクションを退社してチェコ
に渡り、トルンカに師事。人形への理解をより深めて帰国し、壬生狂言による
『花折り』(1968)を処女作に、自主製作アニメに取り組んだ。そして能の様式
を取り入れた『鬼』(1972)、立絵風の作品『詩人の生涯』(1974)、人形アニメ
とセルアニメを組み合わせた『道成寺』(1976)と、隔年で毎日映画コンクール
大藤賞を受賞。この時期、川本はアニメ以外の児童番組も手がけていて、赤い
こぐまのムウくんの人形も彼の作品だった。

 ポンキッキは現在までポンキッキーズとして続いてますが、来年でホントに
21世紀になってしまうとこがスゴイですね。
                        21世紀まで、あと265日   高木志郎アオ