#210 Article 14660 Posted at 2000/04/10 06:14:55 by 高木志郎アオ (MAP3887) [MOVIE]
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'73年春休みの劇場版映画。
『春休み 東映まんがまつり』(1973/3/17)
『パンダの大冒険』東映動画
『飛び出す人造人間キカイダー』東映
『仮面ライダーV3』東映
『マジンガーZ』東映動画
『バビル2世』東映動画
『ひみつのアッコちゃん』東映動画
東映動画がロックアウトをしている最中に作られた長編『パンダの大冒険』
は、テレビの魔女っ子路線でキャラデザインや各話作監を担当した高橋信也が
劇場作品として初の作画監督をつとめ、ほとんど外注で変則的に製作された。
高橋は「仕事がやりたくてしようがない。ましてやぼく程度の存在で作画監督
をやれるなど、本来なら喜んで飛びつきたいところだったのですが、事情が事
情ですからよほど考えました。しかし、どうしても仕事をやりたいという気持
ちが絶ち切れず引き受けましたが、当時の組合の立場からいえば利敵行為とで
もいうのでしょうか。あとをつけまわされたり、組合員のなかにはぼくと同期
の連中もいましたから、その連中とうまくいかなくなって人間関係にまでヒビ
が入ってしまいました。しかし、長編アニメ一本全体の責任を負って仕事をす
るということは得がたい機会ですし、事実、ものの出来のよしあしはべつとし
て、ぼくにとって貴重な体験であったということは否定できません。」と述べ
ている。
また『パンダの大冒険』は原画で参加した森康二最後の東映動画劇場作品と
なった。森は「昭和四十八年に 十六年間働いていた 故郷のような東映動画
を追われて旅に出ました 東映動画一家には 一宿一飯の恩がありながら 労
働争議という大きな出入りがあったというのに 時の親分のために働こうなど
とは微塵も考えなかったのでありますから 故郷をあとにしなければならなく
なるのも当然でした でも そのときより半年も前にやって来た新しい親分は
アニメーションのアの字の勉強もなさらずに 生活が苦しいと言って 自分の
子供を追い出してしまうような 道にはずれたことをなさったのでありますか
ら それは おあいこでありましょう」と書いている。森は、ズイヨー映像で
『山ねずみロッキーチャック』のスタッフに加わった。
『春休み 東宝チャンピオンまつり』(1973/3/17)
『ゴジラ対メガロ』東宝映像
『パンダ・コパンダ 雨降りサーカスの巻』東京ムービー
『飛び出せ!青春』テアトルプロダクション
『ジャングル黒べえ』東京ムービー
当時テレビでは変身ものや巨大ロボットアニメが流行していたが、その影響
を受けたゴジラ映画が『ゴジラ対メガロ』である。『流星人間ゾーン』の前哨
戦ともいえるこの作品は、予算の制約の厳しさはシリーズ中最高だった。特殊
技術の中野昭慶は「とにかく低コスト、それから最低の時間で、どこまでやれ
るんだという、そういう問題との取り組みは、ものすごくありましたよ。でも
我々としては、低予算の中でも、何らかの形にしなきゃいけないだろう、とい
うことが、まず先決だったですからね。それは脚本作りの段階からいろんな制
約はありました。全盛期に90日くらい長い時間をかけてたのが、我々の時代っ
てのはその3分の1もかけられなかった。4分の1以下だったと思うんですけ
ど、そういう中で、いかに効率よく面白いものにするか、ということが一つの
スタイルを作っていっちゃったんじゃないかと思うんですよね。やりたいけど
時間がないからできない、というところで必死になってたのは確かですね。」
と述べている。低予算にも関わらず、中野の観客に凄い映像を見せようとする
こだわりと一点豪華主義の予算配分で、冒頭の本栖湖の地割れやメガロのダム
破壊は迫力のあるシーンになった。
デザインが全国から公募され、当選した小学生が描いたヒーロー、レッド・
アローンは、ジェット・ジャガーとして突如目覚めた良心のエネルギーで一挙
に巨大化してゴジラとともにメガロ&ガイガンと戦った。
宮崎駿脚本・美術設定・画面構成・原画、高畑勲演出の『パンダ・コパンダ
雨降りサーカスの巻』は前作が好評で続編を作ることになったのだが、キャラ
クターのコミカルな動きなど宮崎らしさがより出た作品となった。
ジェット・ジャガーの巨大化は、「自分の持っているおもちゃのロボットが
本当に大きくなって動きだしたら…という子供たちの夢を映画の中で実現して
みせたもの」だそうですが、納得できないものがあります。
21世紀まで、あと266日 高木志郎アオ