#210 Article 14656 Posted at 2000/04/09 06:58:07 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]
Subject: Re: Re: Re: 1973 /14654 /14650 /14646
無かったことになっているらしい1973年の藤子アニメ。
『ジャングル黒べえ』(1973/3/2~MBS)東京ムービー
藤子不二雄アニメは、だいたい雑誌の連載が先行しているが、『ジャングル
黒べえ』は東京ムービーのアニメ企画が先行した藤子作品としては珍しい作品
だった。藤子に企画が持ち込まれた時には、既にジャングルの野生児・黒べえ
が東京にやってくる設定が決まっていて、藤子はシノプシスを何本か書いた。
が、自分たちの作ったキャラクターでないので、なかなか味をひき出せないで
苦労したという。
藤子は「雑誌の連載は、小学館の低学年向け学習誌で始まりました。テレビ
・アニメと並行してかいていったのですが、人気を集めるというまでは、いか
なかったようです。しかし、テレビ・アニメの『ジャングル黒べえ』は、有力
な裏番組を向こうに回して、なかなかの健闘を見せていたそうで、ボクたちの
心境は複雑なものでした。」と記している。
『ドラえもん』(1973/4/1~NTV)日本テレビ動画
1969年11月、小学館の学習雑誌から連載を引き受け、“机の引出しからとび
だしたのは!?”と絵入りの予告をした藤本弘だが第1回目の締め切りギリギリ
まで、アイディアどころかタイトルも決まらなかった。そしてアイディア考え
機などといった空想の機械に救いを求めるまでに追いつめられた。そこに現わ
れたネコ、幼児玩具のおきあがりこぼしにヒントを得て不思議なキャラクター
を作った。ネコがおきあがりこぼしと合体したようなデザインのロボットで、
ポケットから便利な道具を次々に取り出すドラえもんである。
旧作の『ドラえもん』がアニメ化された当時は「てんとう虫コミックス」の
単行本も「コロコロコミック」も発刊されておらず、小学館の学習雑誌にしか
連載していなかった『ドラえもん』の原作の知名度は、全くといっていいほど
低く、わずか半年で打ち切りになった。
脚本の鈴木良武は「ポケットのなかの小道具を使えばなんでもできるから、
おもしろいことはおもしろかったけど、ズッコケ性に欠けてオバQほどのびの
びと活躍できなかったといえますね。かえって、ワキ役の人間のほうがとぼけ
ていましたよ。そんなことから、なかなか主人公になりにくくて、その点とて
も苦労しました。」と述べている。
『ジャングル黒べえ』は、東京ムービー創立35周年の本とか見ても載っていま
せんでした。おそらくアフリカのジャングルから来た黒人のキャラが差別的だ
とかいう理由かと思うけど、こうやって無かったことにすると差別が無くなる
ものなんでしょうか?臭いものにフタをするというやり方には、どうも納得が
いきません。差別用語がいっぱい使われてた昔より、禁止されてる現在の方が
陰湿でイヤな世の中だと思うけど…。
旧『ドラえもん』に関しては製作会社が解散し、シンエイ動画による新作が
メジャーになったため誰も思い出さない作品になってます。鈴木良武はドラえ
もんを主人公にしたかったみたいだけど、原作の面白さはドラえもんの道具で
のび太が何かするところにあると思うので、基本的な考え方が間違っていたの
かも知れません。「♪ヒャア~ァァァァ ぼくのドラえもんが 町を歩けば~」
という主題歌は覚えてて私はけっこう見てたと思ってたのですが、日曜夜7時
放映ってことは、この時期『マジンガーZ』を見ていなかったんだったかな?
…と、記憶の混乱があります。
21世紀まで、あと267日 高木志郎アオ