#210 Article 14609 Posted at 2000/03/22 06:33:39 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TV]

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1971年秋、『巨人の星』『タイガーマスク』『あしたのジョー』が最終回を
むかえ、スポ根ブームは終結する。

『電子鳥人Uバード』(1971/8/2~NET)ハンナ・バーベラ
『銀河トリオ』(同時放映)
 太陽をエネルギー源にするスーパーヒーローUバード(CV:小林修)が、地球
を狙う敵を相手に大活躍。必殺技は平行に差し出された両手の拳から発射する
電子光線。
「♪U・U・U U・U・U Uバード~」「消えてもらいます」
 フォーリーブスの歌った主題歌は台詞も含めてスタイリッシュなカッコ良さ
に満ちていた。ジャニーズ系アニメソングの元祖といえよう。

『新オバケのQ太郎』(1971/9/1~NTV)東京ムービー
 原作の藤子不二雄は『新オバケのQ太郎』放映決定に合わせ'71年4月から
小学館の各学年誌に『オバケのQ太郎』を連載した。
 オバケのQ太郎は、幼い弟のO次郎を連れ、5年ぶりに(それでも正ちゃん
は、まだ小学生)大原家に帰ってきた。P子やドロンパのほかに、新たに元気
いっぱいのU子さんも登場。のんびりしたお人好しでロマンチストのオバQに
対してリアリストのO次郎の登場が前作の頃との時代の差なのかもしれない。
 原作漫画は「少年サンデー」版最終回を継承した続編だが、テレビアニメは
前シリーズのリメイクとして誕生編から開始。そこに新キャラのO次郎を追加
登場させた。
 演出の長浜忠夫は「藤子さんの原作を私は非常に高く評価している。底抜け
にお人よしのQ太郎が人間の世界に巻き起こす愉快な笑いは、温かく人の心を
つつむ。日本ではギャグマンガが軽視される風潮があるのだが、この作品がも
っと正当に評価される時がきていいはずだと私は考えています。」と述べた。

『天才バカボン』(1971/9/25~YTV)東京ムービー
“ギャグマンガは長編化できない”というのが、この世界の常識であったが、
『おそ松くん』でこの常識を破った赤塚不二夫は、『天才バカボン』では総計
一千万部を超える“テンミリオン”を達成した。
 この漫画は1967年から3年間「少年マガジン」に連載された後、ライバル誌
「少年サンデー」に連載された。その後もテレビアニメに合わせて数誌に連載
されるなど、赤塚の代表作といえる。
 赤塚は「オレのキャラクターで忘れられないのをひとつ挙げろといわれたら、
やっぱりバカボンのパパかな。実際、これでいいのだ!」と叫んでいる。
 アニメも最初は原作どおりナンセンスな作品として製作されたがスポンサー
からの要望でホームドラマ的に路線変更、パパは定職に就き、バカボンの学校
生活がクローズアップ、原作には無いオリジナルキャラも登場した。

『にげろやにげろ大レース』(1971/9~NHK)ハンナ・バーベラ
『ラムヂーちゃん』(同時放映)
 ネコとネズミの追っかけっこをネタにした正調アメリカン・カートゥーンが
『にげろやにげろ大レース』。ウィリアム・ハンナ&ジョセフ・バーベラが、
MGM時代に『トムとジェリー』を手がけていたことを考えると、この作品は
彼らなりの新トムとジェリーと言えるかもしれない。
 可愛い子羊ラムヂーが変身オオカミに狙われる『ラムヂーちゃん』も、王道
のカートゥーン。

『世界ものしり旅行』(1971/10/1~MBS)オフィス・ユニ
 理科、社会、歴史、その他あらゆる分野の、なぜ?なに?の一口ばなし。

『さるとびエッちゃん』(1971/10/4~NET)東映動画
 石森章太郎による原作漫画は1964年「マーガレット」に『おかしなおかしな
あの子』というタイトルで連載開始、タイトルを3度変え、社会問題をテーマ
にした作品などが描かれた。そして「平凡」「新婦人新聞」などに掲載された
後、テレビ放映と同時に「少女フレンド」「なかよし」で連載された。
 魔女っ子もののプロデューサーを横山賢二からバトンタッチされた旗野義文
はパターン化の様相を呈してきたシリーズに新風を吹き込むべく、石森のこの
作品に白羽の矢を立てた。
 旗野は「あれを企画する時、『サリー』から『マコちゃん』に至る、いわゆ
る少女漫画っぽい少女物はやめ、もっと男の子に近いカラッとした作品にした
いな、とはっきり意図したんです。というのも、少女漫画特有のムードが、僕
はどうも苦手でね。感覚的に受けつけなかったんですよ。それに、飯島さんと
は毛色の違う物をやらなきゃ勝負にならない、というプロデューサーとしての
ライバル意識も強く感じていたから。」と述べている。

『国松さまのお通りだい』(1971/10/6~フジ)虫プロ
 ちばてつや原作『ハリスの旋風』の虫プロ製の新版。

『アパッチ野球軍』(1971/10/6~NET)東映動画
「♪おれたちゃ裸がユニホーム たまにゃ蜂にも追われるけれど」
 花登筺原作による異色の野球アニメ。
 山奥の分校に野球部コーチとして赴任した堂島剛は、網走、ザイモク、モン
キー、オケラ、ハッパ、モグラ、ダニ、コーモリ、ダイガク、花子、ダイコン
ら野球に全く無知だったメンバーに野球を指導する。

『スカイヤーズ5(新)』(1971/10/7~TBS)TCJ
 '67年放映されたモノクロ版と同じ設定のカラー版。

『ゲゲゲの鬼太郎(第2作)』(1971/10/7~フジ)東映動画
 猫娘がレギュラー入りしたカラーによる新作。モノクロ版のリメイクでなく
続編として作られ、前作で映像化済みの原作を繰り返し取り上げてはいない。
「少年マガジン」掲載分は基本的に映像化されており「少年サンデー」新連載
の分は放映1週間前に初掲載となったもので製作に間に合うはずもない。旧作
終了後の「マガジン」作品はすぐに底をついた。
 普通ならここでオリジナル脚本を用意するところだが『鬼太郎』のスタッフ
は水木しげるの『鬼太郎』以外の読切作品に材を求めた。こうして「地相眼」
「原始さん」など水木の名作短編を脚色した作品に「サンデー」版エピソード
を織り混ぜながら全45話が製作された。

『原始少年リュウ』(1971/10/30~TBS)東映動画
 石森章太郎が「少年マガジン」に連載した『リュウの道』のアニメ化が企画
されたが、人類が滅亡した超未来の地球を背景にした思索的な同作品はテレビ
シリーズには不向きと判断され原始時代を舞台にした物語に変更。したがって
「少年チャンピオン」連載の『原始少年リュウ』原作漫画はメディアミックス
の必然から描かれたと見られる。原作は古代の超文明なども登場するSFだが
アニメはタイトルとキャラを借りたオリジナルという色合いの作品になった。
石森は『リュウの道』を未来編、『原始少年リュウ』を太古編と規定、1975年
「チャンピオン」に現代編『番長惑星』を連載、リュウ三部作を結実させた。
「♪リュウが走る はてしなき原野を リュウが叫ぶ 太陽に向って~」
 水木一郎は「アニメソングを歌うようになったきっかけは、コロムビアをや
めたあと、学芸部の木村部長に、「どうだ、歌ってみないか」といわれたのが、
『原始少年リュウ』で、この曲は音楽的にも好きだし、マンガ的じゃないとこ
ろが気にいって、歌ったのが、始めですね。」と語っている。

『チャーリー・ブラウン』(1971/12~NHK)
 チャールズ・シュルツ原作『ピーナッツ』の漫画は1950年以来、新聞漫画や
コミックブックで親しまれ、男の子よりスヌーピーの方が有名である。1965年
からアメリカで放映され、30分番組なのに“スペシャル番組”の扱いでCBS
の人気番組になった。

『ドラドラ子猫とチャカチャカ娘』(1971/12/20~NET)ハンナ・バーベラ
 タンバリンのメロディ(小原乃梨子)、ギターのチャコ(杉山佳寿子)、ドラム
スのミミイ(増山江威子)の3人のポップグループ、ドラネコ子猫チャカチャカ
ーズが演奏旅行に出向いた先々で、様々な事件に遭遇する。

 スポ根の時代が終わって、『巨人の星』の後番組として『天才バカボン』が
始まりました。が、このアニメ化は時期尚早だったのか赤塚原作をかなり改変
していて、原作のスピリットを生かしたアニメは『元祖天才バカボン』(1975)
を待たなければなりませんでした。'71年時点では、まだ先鋭化したギャグが
許されない時代だったのかな?
 また、『オバQ』『国松』『鬼太郎』と、リメイクや続編が目立ちますが、
最近のリメイク版と違ってきちんと作られていたと思います。
                        21世紀まで、あと285日   高木志郎アオ