#210 Article 14488 Posted at 2000/01/16 07:31:17 by 高木志郎アオ (MAP3887) [TOEI]

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大川博はもともと経理畠の人で、赤字の東横映画を再建するため、1951年、
東横映画と太泉映画、東京映画配給の三社合併で製作・配給を一貫させた東映
株式会社を結成して社長に就任した。当初は他社の配給網に配給を委託して、
上がりは二本立ての他社作品の入りにされて、いくらヒットしても誤魔化され
悔しい思いをしたが、1952年からは完全な自社製作・配給体制を確立しスター
システム完全娯楽路線の成功とあいまって借金王国の再建をやってのけた。
 山本早苗の日動映画が東映の依頼で『うかれバイオリン』(1955)という作品
を制作したのがきっかけで東映は日動映画を吸収、1956(昭和31)年に東映動画
が設立された。大川社長は「東洋のディズニー」を実現すべく、練馬区大泉町
に新スタジオを建設してマルチプレーンカメラなどを備え、本格的な製作体制
を整えた。
『こねこのらくがき』(1957/5/13完成)藪下泰司演出
 日動が東映動画に吸収合併されたあと新人アニメーターの養成もかねて製作
した短編作品。新スタジオでの第1作。
『かっぱのぱあ太郎』(1957/11/25完成)花野原芳明演出
『白蛇伝』(1958/10/22公開)藪下泰司演出
 日本で最初の総天然色長編漫画映画。白蛇の化身である娘パイニャンと少年
シュウセン、それにパイニャンを退けようとする北海和尚がからんでくりひろ
げられるラブストーリー。
『少年猿飛佐助』(1959/12/25公開)藪下泰司、大工原章演出
 当時、時代劇の東映といわれたようにチャンバラは最も得意な領域であった
から、迫力のあるリアルな感じを出そうと、殺陣をつけてフィルムで撮ったり
スケッチしたりして作画した。

 大川博社長って『白蛇伝』予告編で見たけど、いかにもバイタリティのある
オヤジって印象ですね。
 しかし『こねこのらくがき』では森やすじの可愛いキャラで自由奔放な動き
のアニメを作ったのに、『白蛇伝』や『少年猿飛佐助』ではライブアクション
フィルムを使って現実の人間の動きに合わせたアニメーションにしてしまい、
何を作ればよいかよくわからなかったのか企画の混乱がある感じがします。
 私は『白蛇伝』を見てもピンと来ないんだけど、宮崎駿が「ヒロインの白娘
に参ってしまったんです。(中略)生身の人間よりも、ずっと感情移入が楽な
生臭さのなさ故に、こんなぬけぬけとした恋物語に心ひかれたのですね。」と
述べており、好きな人には魅力あるのかな。
                        21世紀まで、あと351日   高木志郎アオ