#20 Article 3235 Posted at 1994/08/21 21:36:48 by HIDE (MAP3950) [USHIRO]

Subject: Re: うしろの正面だあれ /3176

「うしろの正面だあれ」を見ました。

これで2回目になるかな?
1回目は、まともに見ていなかったので、ほとんど印象になく、
そういう意味では、新鮮な感動を得ることが出来ました。

舞台は第2次世界大戦の、ちょっと前の東京からはじまりました。
主人公のかよ子ちゃんの目を通して見た世界です。

そこには、幼い頃にはよくありがちな失敗や、楽しかったこと、
厳しいけど優しいおとうさん、そしておかあさんのことなどが、語られて行きます。

僕のような昭和の後半に生まれたような人間でも、
違和感なくすっと入っていけるような、
本当にどこにでもあるような生活感。
いつのまにか、僕も、かよ子ちゃんの視点から、物語を見るようになっていました。

いつまでも続くんじゃないかと思う、幸せな時の流れはしかし、
戦争へと徐々に置き変わっていってしまいます。
晴れていた空が突如として雲り、稲光が走るのではなく、
じょじょに、だんだんと天気が悪くなっていくといった印象です。
なぜでしょう?
突如として世界が一変してしまうといった描き方の方が、インパクトはあるはずです。
でも、本当に恐いのは、だんだん世の中が変な状況になっていき、
そのことに、誰も気がつかないことです。
実際、作品の中では、戦争が終るまで、登場人物達が、
戦争について疑問を懐くシーンはありません。

そして、かよ子ちゃんは疎開させられる訳ですが、
ここではじめて、戦争の実質的な面に遭遇します。
一緒に逃げていた大人が、機銃掃射を受けて、倒れてしまうのです。
それは、少女が見た、はじめての大量の血で・・そして死でした。
幼いかよ子ちゃんが、その状況を直視出来なかったとしても、
無理はありません。
しかし、それが返って少女の感じた恐怖の大きさを物語っているようです。

そして、東京大空襲。
僕も、母にその話しを少しだけ聞いたことがある、その話しです。
ここで、かよ子ちゃんは、真っ赤にやける東京の空にむかって必死に祈りますが、
戦争という現実は、少女のそんなちっぽけな願いなどというものに、
かまうことはありません。

この時、冒頭から語られていた、少女にとっての、
そして、僕達にとっての幸せな空間は、
戦争によって、永遠に奪い去られてしまったのです。

そこから語られるのは、絶望の日々。
そして、ついにかよ子ちゃんは、家族の幻影を求めて、
焼けて何もなくなってしまった我が家へとやってきました。
そして言うのです。

「あたしも、連れてって」

この大戦で、同じ様な思いを懐いた方はすごく多いのだろうと思うと、
とても胸が痛くなります。

そう、この瞬間に限っては、確かに少女は、生きていることよりも、
家族と一緒にいることを望んだのだ。
そこまで少女は追い詰められていた。

そこへ現われる家族の幻影・・。
僕は最初、家族の魂かと思った。
少女を思い、家族の魂が現われたのだと・・。
しかし、少女はそれに触れ、抱きつくのだ。
そこまで、存在感のあるそれとは、いったいなんであったのか。

それは、追い詰められた少女自身の精神が作り出した、幻想ではなかったのか。
絶望に打ちひしがれた少女の精神に残された生への執着、
パンドラの箱に残された、最後の希望の光。
それが、少女にとっては、あたかも現実に存在した出来事であるかのように、
感じられたのだろう。
しかし、それはある意味で恐ろしいことだ。
そして、そう思わなければ生きていけない状況というのは、
なんて悲しいことなのだろう・・。
この大戦で、そんな思いをしたのは、きっと彼女だけではないだろう。

この「後ろの正面だあれ」では、戦争の物理的な被害の部分、
グロテスクな部分については、あまり語られていない。
しかし、それと等しく大事なこと、
人々の心に与えた傷のことを、考えさせてくれたと思う。

それが、原爆とか、沖縄戦とか、人体実験とか、
その他の映像的に悲惨な出来事を見飽きて、半ば麻痺仕掛けている僕には、
返って新鮮な感動を産んだのかもしれない。


					・・・By HIDE(MAP3950)☆