#194 Article 3933 Posted at 1997/08/07 09:14:02 by TOSHI (MAP2425) [EOE]

Subject: Re:*15 夏エヴァ /3927 ..... /3843 /3838

なんとなくつらつら思い返していて、言いたいことがつかめてきました。
 おれんぢ象さんが、僕を批判しているのは要約すれば次の2点でしょうか。

 Q1)言葉にできない、と言いながら言葉にしている。庵野秀明以上に僕がで
    きるというのか? そもそも、これは本作への否定ではないか?

 Q2)他の人の論を非難しているが、そもそも監督の気分を読み取るという僕
    の方法と他の人のそれとを区別できるのか。保証するものはあるのか。

 解答はそれぞれいくつか可能です。お好きなものを選んでください。

 A1)
  a)庵野秀明にできなくても、もちろん僕にはできる。作品を表現する力と
    作品を読み解く能力とは別物である。たいていの作家は批評家にはなれ
    ないし、逆もそうである。当然のことだ。
  b)表現すべてを言葉にすることはできないのであって、一部に触れること
    は、十分可能だ。可能であるにも関わらず、そうした方法論を持たない
    論に憤っているのである。僕程度の論拠で作品を語り尽くしたかのよう
    に非難するのは、逆に表現というものをおとしめているのではないか。
  c)相手を理解できる、という態度が本作に対する否定だとは、本作につい
    てまったく理解していないのではないか? そもそも他人に伝えるつも
    りがないならば、表現などしない。他人に自分をわかってもらいたい、
    他人とコミュニケートしたいと思うから、逆に他人がよくわからなくて
    怖いのである。もとから交わる気持ちがなければ、他人が怖いことなど
    ありえない。本作では「ヤマアラシのジレンマ」として、すでにそのこ
    とにも自己言及している。そんなことも気づかないのか?

 A2)
  a)原理的に区別できないし、保証するものなどなにもない。しかし、あな
    たはすでに作品に対して、ホンモノとニセモノを区別している。ならば、
    僕の表現に対しても同じことが可能なはずだ。保証するのは僕ではなく、
    あなたなり、他の人である。僕自身が保証するべきものではない。
  b)もちろん、区別できる。僕が語っているのは、その表現に作り手の気分
    が込められているかどうかであって、それ以上でもそれ以下でもない。
    作り手の気分に対する価値判断は含まれない。一方、他の大半の表現は、
    本作が語ったことに対する肯定/否定(自分の欲望が満たされたか否か
    共感できたか否か)でしか語っていない。その点が、僕の論を保証する。

 お好きなものをどうぞ。もちろん気に入らなければ、選ばなくても構いません。

 あと、いっておきますが、表現されたものは、せいぜい「作り手の気分」であ
 って、「監督の見た現実」ではありえない。作り手は常にそのことに苦しんで
 いるのですから。
  TOSHI