#194 Article 3918 Posted at 1997/08/06 00:09:09 by TOSHI (MAP2425) [EOE]
Subject: Re:*11 夏エヴァ /3915 .... /3843 /3838
>(語られるではない)庵野秀明さんの感じる現実であったところがしびれるわ 「庵野さん」ではなく「作り手」、「現実」ではなく「生理感覚」です。 そういう言葉で説明したつもりですが? 描かれるのはあくまで「庵野さんにとっての現実」そのものではなくて、 現実を受け取った「作り手にとっての気分、乃至は生理感覚」なのです。 「作り手」といったのは、それが庵野さん個人にとってのものではなく、 作り手総体に共有可能であるということです。でなければ、集団作業であ る、フィルムを作るという行為そのものが無意味です。むしろ、集団が共 有できた(あるいはできたと思える)感覚がフィルムになるのです。 「生理感覚」といったのは、それがあくまで作り手の中で解釈されたもの だからです。表現されるのは、「その中で生きている現実」そのものでは なく、「現実を受け取ったときの気分」なのです。現実そのままを体験す ることはできないけれど、気分を追体験することは可能です。まして、そ れは共有可能な状態で提示されるわけです。表現したいものは、自分自身 や自分にとっての現実だとしても、表現されたものは生理感覚や気分です。 そしてもちろん、僕は、表現された生理感覚そのものを言語化したつもり はさらさらありません。せいぜい、表現された生理感覚の一部です。しか も、それを、大半の人のパラレルな感覚を喚起できるであろうと思われる 理解しやすい言葉(ああ、まわりくどい)に置き換えた程度です。作品に ついて語るとは、表現されているものを、いかに多くすくいとって語って みせるか……せいぜいその程度なのですから。そんなの当たりまえでしょ? なるほど、それを虚しいことと考えるかどうかはそれぞれの自由でしょう。 でも、この程度のことを「作品を否定してる」と語ってしまうことこそ、 「作品を甘くみている」のではありませんか? その行為が作品を否定していると言えるほど、僕らはまだ、作品や表現に ついて、何も知ってはいないし、語ってもいませんよ。 TOSHI