#194 Article 2704 Posted at 1996/03/27 21:47:15 by ヨウメイ (MAP2597) [NO.26]
Subject: Re:*7 世界の中心でアイを叫んだけもの /2703 ... /2693 /2691
うひゃ~。なんなんだこりゃ。ちょっとまいったな。どう判断していいのやら。
いや、どうせLDでは直すんだろうから、今の時点で判断するだけ無駄だぜ
という気持ちがあるのも事実。でも、なんか言いたくて、もやもやして
いるのも事実。
エヴァという作品は、少なくとも「男の戦い」までは、自分の世界に閉じこもり
がちな少年が否応ない現実に巻き込まれて、試行錯誤しながらも外部と
コミュニケーションを取り、自分の居場所、自分の存在する意味を獲得するという
「成長物語」を描こうとしていたのだと私は思っていました。
この作品が密室劇と評されるように登場人物や舞台を限定して展開して
いったのも、シンジやミサトといった個人レベルでの心の問題を丁寧に
扱い、その変化を丹念に描写していくという手法の為の割り切りなのだ
と思っていました。だからわたしはエヴァを積極的に肯定、支持しました。今まで
私が接したアニメではほとんど得ることが出来なかった、実在の他者のような
存在感をシンジ達に感じることが出来たから。
ところが、人類補完計画が始まったラスト2話で、わたしからすれば
それまでの丁寧なコミュニケーションの描写の積み重ねをまるっきり
無駄にしてしまったと思わせるような方向転換がなされます。シンジの
心の中に周りのみんなを詰め込んで補完し、無理矢理禅問答をふっかけ、
彼の心を意図的な方向に変容させるという荒業で。
補完計画が始まる前にも、エヴァの中や病院で意識を失っているときに、
シンジがもう一人の自分やレイと問答するというシーンがありました。あれが
ラスト近くで物語の文法が変容する先触れだったととる事も出来ます。いや
そう考えるべきでしょう。方向転換の親切な予告だった訳です。これから段々
観念論の世界に入っていくよ、これからは登場人物の心はスタンドアローンじゃ
ないよ、という(笑)。
ですが全体の流れとして説明が付くにしても、エヴァの「人類補完計画による
シンジの心の変容」という結末の付け方はSFという方便を使った
「物を語ること」からの「逃げ」だと思います。誤った方向への転換だった
と思います、もし制作者がエヴァが物語の範疇に収まることを望んでいるのなら。
物語としてのアニメの中に現実と違う社会や出来事、問題等があるということを
設定するための方便であるSFならば構いません。それは今現在の自分とは違う
状況に対する思考実験、すなわち「想像」の為の方便だから。ですが人類補完計画
のような「想像」の根源である心の在り方すら変えてしまう方便の存在を、私は
受け入れることが出来ません。というより作品の方から想像を拒絶されている
感じです。だって心を補完された経験をどうやって想像しろっていうんですか(笑)。
でも、もしかしてと思うことがあって、それはこの作品が物語で始まり、物語で
終わることを意図してなくて、例え物語としては破綻していても、TVから流れる
情報あるいはメタフィクションという形で、われわれの心に大きな変化を起こさせ
ようとしたのではないかということ。
こう考えると確かにエヴァという作品(≠物語)は今までのどんなアニメよりも
私を考えさせ、私の内面を変化させたというのは厳然たる事実。そのことで
私の中で絶対的価値を持つ存在になったというのも事実だったりする。
ヨウメイ