#189 Article 1464 Posted at 1996/09/05 22:01:24 by 輪違聡司 (MAP3135) [LDBOX.2]
Subject: ナースエンジェルりりかSOS 救急箱Set-2
発売されて1ヶ月経つのに、今頃書き込み^^; ……いえ、発売日に買ってきてはいたんですけど(エヴァと一緒に^^;) スタッフ座談会を読んで、作品見返して、りりかに対する思うところ、書きたい ことってのは概ね考えてはいたんですけど、文章にする時間が無くて^^; とゆーわけで、スタッフ座談会を読んで思ったことを中心に、感じたことをつら つらと。 それにしても、スタッフの方々って、「りりか」という作品に対し、凄く愛情を 持っておられるんですね。非常に率直な。 ちょっとエヴァとは対照的な印象も。 高橋良輔と富野由悠季の違い、みたいなものをふっと思い浮かべたり^^; 「作品は自分の子供」「作品は自分自身」のよーなスタンスの違いがあるのかな。 クリエーターとしてどういうスタンスが正しいのか、なんて判らないし、知りたい とも思わないのだけど(今んトコ)。 ってなヨタ話はいいとして^^; ……この作品に対して、私はいくつかの疑問を抱いたままでした。 最終回の感想でいくつか書き込んだんですけど、例えば、何故看護婦なのか、何故 死を選ばねばならぬという状況に立たされたのか、etc……… それが、よーやく判った心地がしましたです^^; すなわち、この作品の主題は、死そのものを描くこと…… いや、この言い方は正確じゃないですね。大地さんの言葉を借りれば、 「身近な人が死んでしまうことが、残された人にとってどれだけ悲しいか」、 つまりは、そういう状況を見せつけることが目的だったのだな、と。 私はコレを読んで、今までの疑問が全て一本の糸で繋がっちゃいました^^; こうなると、りりかが最終的に「生きていた」理由も判ります。 要は、死による周囲の悲しみを描いたところで、森谷りりかとゆーキャラクターの 役目は果たされたからなんですね。^^; 私が思うところ、「りりかSOS」という作品の解答(って言い方もあんまり… ですけどね^^;)って、おそらく、「なぜりりかが死なねばならないのか」と、星夜 らと共に感じること、そのことだったのかなぁ、と。 極端な話、「感情移入してナンボ」の作品だったのかもしれません。 余談ですけど、そうなると、この作品が、いわゆるアニメファンや、知った風な アニメオタクにいまいち受けなかった理由の一つも見えてくる気がする……。 (エヴァがウケた理由の一つには、感情移入のさせ方が極めて巧みだったことと、 反面、感情移入なんかしなくとも、上っ面だけ見ててもそれなりに楽しめる(後半 は除いた方がいいかも^^;)作りをされていたから、ってのがあるかもしれない。) で、この「死の悲しみ」を主軸にとらえて作品全体を見渡したとき、ひっかかるの が、カノン再登場からブロスを倒すまでの、いわゆる「ダークカノン編」の位置づけ。 悲しい別れをした人が敵となって蘇る。その事に、どんな意味合いがあるのか。 いささかドラマ的カタルシスが先に立ちすぎているかな、という感もあります。 ただこの時期というのは、デューイのことも含めて、この作品のもう一つの重要な 要素の一つである「癒し」が前面に出るという形になっていますよね。 そこから、見方によっては時期によってテーマを変えているとも見れるし、 あるいは、「語りたいこと」を最終回において描くため、物語的決着をここで つけておいて、最終回への踏み台としようと割り切ったのかもしれません。 そうそう、カノンといえば……実は、スタッフの談話として一番読んでみたかった のは、カノンのことだったりしたんですよ、私(笑) 残念ながらあまり触れられていなかったんですけど^^; 夏コミで上京した際、泊めてもらった友達の家で「りりかってどんな話?」と 尋ねられ、説明したところ、返ってきた答えは、 「自己犠牲とか、そういう話は、俺やだなー」(笑) ここで改めてハッとしたんですけど、「りりか」という物語には、なにかこう、 偽善的な雰囲気が漂ってますよね。 いやまぁこういうヒーロー物等には多かれ少なかれつきまとう物ではあるんです けど、「りりか」には、なにかこう、特別な物を感じるんですよね。 で、その偽善的雰囲気の象徴が、おそらくカノンであり、それを最も強く感じる のが、あのラスト2話での彼のゲンドウ^H^H言動であるわけで^^; 34話と35話、カノンの言葉の内容って、あからさまに変わっていますよね。 ここまであからさまな違いに、作り手が気付いてないことはないだろう……と 思うんです。いやもちろんホントに気付いていない可能性もあるんですけど(笑)、 本当のトコロは私の場所からは判りませんから、私としては、とりあえずは作り手を 信じ、実際に現れた作品そのものを考えるしかないわけですけど。 話は変わりますけど。 私、りりかについて考えると、なぜだかついついエヴァのことも浮かんじゃうん ですよ(笑) 単に、BOXを買ったとき一緒にエヴァのLDも一緒に買ったから……ってことも あるんですが(笑)、なんといいますか、私の中では、エヴァとりりかって、相互補完 関係(?)にあるんですよね^^; 対照的な点、似ている点が多いですし。前々から言っている「戦って傷つくことの 痛み」なんてのも、その一つなんですが。 りりかとエヴァの共通点を一言で言うならば、「自我を持たぬ未熟な子供の悲劇」 でしょうか。 ただ違いを言うならば、 エヴァには自我を求めてのあがきがあったけど、りりかにはそれがなかった。 その事を以てりりかを非難することもできる……けど、やらない。 そういう描かれ方をされたことによって、どんな印象の作品になったか、それが 重要だと思うから。 りりかの戦いは、他者に依存するところから始まった。 言うまでもなく、加納先輩ですね。 戦っていくうちに、りりかは、周囲の人間を変えていく力を持った。 けど、彼女自身は、始まりの呪縛から逃れきっていない。 何故かというと、それはもー、りりか自身の「無邪気さ」からでしょう。 (この「無邪気さ」が、おそらく、エヴァと最も異なる…あるいは異なって見せて いるところではないか、と。) 先輩のために戦った。戦いの中で、自分なりの目的が見えてきた。大切な仲間も いる。仲間を、大切な人達を守りたい。だから戦う。 ………泣きたくなるくらい、無邪気です。無邪気すぎる。 無邪気な心に従い、りりかは走った。 そしてその先に待っていたものは、大好きな先輩からの「死の宣告」。 地球のため、クイーンアースのためという大義名分の付いた「死」。 でもさぁ、どんな形であっても、「死」は「死」なんだよ。 地球もクイーンアースも救われた。でも、この虚無感は何なのさ? そうか、これか、これだったのか………ってな次第。 これは余談……とゆーか、すげぇ私的な話なんですけど、 私ゃいまだに「森谷りりか」から離れられません。ええ。そりゃもう(笑) 結局、りりかの無邪気さや依存性に、ひっじょーに保護本能をくすぐられる部分が あるのですね。これはもう、作品の良し悪しだとか作品中のキャラクターの位置づけ 云々だとかは完全に飛び越えちゃった類の物ですね^^; あと、細い手足のパツキン赤リボン赤ランドセルも、しつこいようですが外せない 要素ですし(笑)(ルックス面ね)、 BOX1を買ったときに、ちとキレた書き込みしちゃいましたけど(^^;、あの時の 気分ってのも、間違いなく私の真実ですし(笑)、 MEXさんやかくたさんの持っておられる気分と同質の物かは判りませんけど、私に とってちょっと特別な存在になっちゃってることは確かですわ。困ったことに(笑) まぁ、そーゆー私的感情の話はどーでもいいとして。 「死の悲しみ」を主題とした作品としてみると、「りりか」は些か、綺麗すぎる 作品だったかも知れません。 分かり易い「汚らしさ」もない。 分かり易い「皮肉」もない。 そういう意味でいうと、りりかって、非常に難易度の高い作品だった、と言えるの かもしれません(作品に対し好意的に過ぎる言い方ですけど、これ(笑)) 私も、最終回を見たときと今とでは、若干見方が変わってるもんなぁ^^; まぁ、3年後5年後10年後にでも、再評価されるむきが出るといいなぁ、なんて マジに思ってたりしますです。 ……あ、気付いてみたら、ゲロ長文^^; ごめんなさいごめんなさい^^;; ま、終わったボードだからいいよね(笑) わちがいそうじ。