#16 Article 1340 Posted at 1995/11/21 20:43:10 by ヨウメイ (MAP2597) [GHOST]
Subject: Re: GHOST IN THE SHELL /1337
長文注意って、もう遅いですが、でも読んで頂けたらとても嬉しいです。
観てきたっす「攻殻機動隊-GHOST IN THE SHELL-」。地方(札幌)故か
キャパが100人くらいの小さいところ。音響もちゃちくて少しがっかり。だが
平日の昼間だったので客が少なく、この映画を見に来る客層は自ずと限定される
ゆえ、静かに観ている人ばかり、不快な馬鹿野郎がいなかったのがせめてもの幸い。
さて、幼い草薙の義体萌えー(^^;)とかいうことは置いといて、感想を思い付いた
ままに、自分の考えをまとめるために書いていきます。以下ネタばらし的なところも
ありますので、これから観に行く方は読まないほうがよろしいかと存じますです。
草薙役の田中敦子さんは見たことの無い名前だったので不安もあったん
ですが、聞いてみれば落ち着いた、理知的で涼やかな感じの声で、イメージ
も草薙に合っていて良かったと思います。天野由梨さんの声を少し太くした
ような感じでしょうか。ファンになってしまいました。
この映画で、精神的肉体的タフ野郎系の声優さんの自分の嗜好が玄田さん
から大塚さんへ移っていたことを再認識。一昔前なら玄田さんがやっていた
ような役を大塚さんがやることが多くなってきていますね。
CMで使われていた歌が気に入っていたんですが、あくまでイメージソング
だったみたいで本編には出てこないのが残念。サントラに入ってるのかな?
BGMはエスニック色が強くてあまり好みではありませんでした。
都市の臨場感や、水の表現、コンピューターグラフィックス。
パトレイバー1、2でこだわりを持って取り入れていた表現が、アニメという
手段では限界に近いのではないかと素人に思わせてしまうほど突き詰められて
いました。語弊があるかもしれませんが、別にアニメでなければいけないような
作品ではなかったような気もします。映像作家としての押井さんに与えられた
表現の場がアニメだったからこういう形で発表されたのでしょうから。
NHK特集では実写とコンピューター映像との垣根が取り払われてしまった現状が
リポートされていましたが、これからはアニメで表現しなければならない映像とは
何かということを真剣に追求していく必要があると思います。実際、現在の
ハリウッドの技術をもってすれば、映像化不可能な表現はこの映画の中にはあまり
ないように思われました。このままではアニメは「予算の少なくて済むマニア向けの
表現手段」というだけになってしまうように思われます。まあバトーに言わせれば
「アニメも実写もコンピューター映像も情報は情報で、偽者も本物もない」と
いうことになるかもしれませんが。
テーマがいつも自分が考えていることと非常に近いものだったので、話の筋を
理解することと、テーマと自分の考えを比較検討することを平行して行いながら
観ていたので非常につかれました。
自分を自分たらしめているのは、様々な情報によって構成されている記憶に
拠るところが大きい。ならばコンピューターの容量や処理能力の飛躍的な
進化によって、機械に自我が目覚めてもおかしくはないのではないか。
自分を生命体であると主張するプログラム「人形使い」は、自分が自我に目覚めて
いたとしても、自分自身の情報を含むバリエーションとしての子孫を残せない現在の
己は生命としては不完全であると考え、草薙と融合することを試みる、、、、、
この人形使いとはまるで正反対の事を私はいつも考えています。人間と言う存在の
あくまで精神的な働きに限定された部分ならばコンピューターの中に移し変える
ことが可能ではないかと。それはAIではないかと言われれば、まあそうなんですが
わたしが目的とするのは、ゼロから作り出した知性ではなくて、個性としての自分
の方向性や記憶を含んだ形でAIを構成することで、死を乗り越えられるのでは
ないかと言う馬鹿げたものなんです。
夜、眠りについて、朝目覚めるまでの間に、一時的に人間は意識を失っています。
これは限定された死であると言えます。ですが人間は、眠りという精神的な死を
挟んで分けられた2つの自分の整合性に悩むことなどありません。記憶によって
統合されているからです。ならば自分に似た精神性と記憶を持ち、自分は自分で
あるとアイデンティファイするAIを作っておき、私が死んだら作動するという
状況にしておけば、自分は死を乗り越えて存在し続けることができるのではないか、
そんなことを私は考えています。
もしこれが実現できたとしても、自分そのものを残すことは不可能であることは
分かっています。しかし、子供を残すことで生命としての自分は生きつづける
などという理屈よりは、自分そのものを限定された形でコピーしておいた方がまだ
納得して死ねるというのは、わたしがアホだからでしょうか。現在のように
コンピューターの容量や処理能力が倍倍ゲームで増えていく情況をふまえれば
AIは将来この映画のなかに出てきた天使(はやりですねー)のように人間を
越えた存在になり得るのではないか、そんな風に私は考えます。
まるっきり違う話しで終わりにします。この作品にウィリス博士と言う
キャラクターが出てくるんですが、この人は手をサイボーグ化していて、すんげー
速さでキーボードをタイプするんですけど、#130で噂になっていた伝説のW.M.さんの
タイピングってあんな感じなのかなーと思って観てました。
おれって思いきり失礼なやつ(^^;)。
ヨウメイ