#139 Article 534 Posted at 1997/08/31 13:58:58 by TOSHI (MAP2425) [FOOLISH]

Subject: Re:*13 スーパー魔女っ子大戦 (Re: 「字」のニュータイプ) /532 ..... /5982(#70) /5981(#70)

>ね。謎を処理しようと努力しているところはエヴァと違う。伏線解決の方に行っ

  だから、「謎が処理される」のが「話が終わる」ということなのか? と
  きいているのですよ。

  なぜなら、謎がすべて処理されている『エヴァ劇場版』においても、灰原
  さんは、話が終わっていることに疑問を呈しているからです。

  要するに『エヴァ』を「話が終わっていない」と非難する人たちは、本当
  は話が終わってないことに怒っているわけではないのです。では、何に憤
  っているのかといえば、結局「自分の望むような結末」をみせてくれなか
  ったことに怒っているんでしょう。そう考えないと、同じように謎が処理
  されてない『ボトムズ』や『イサミ』が非難されず、両作品のファンがこ
  とさらに『エヴァ』を非難するのか理解できません。

  『ボトムズ』を見返して、謎が残っていることに灰原さんが気づかれたよ
  うに、実際には謎は残り、話は「終わらない」ものです。では、なぜそれ
  を終わっているように錯覚したかといえば、要するに、「自分が満足した
  か否か」で判断しているからでしょう。「謎が処理されようと努力してい
  る」なんて、「努力」を『ボトムズ』からしか読み取ろうとしないのも、
  その証拠です。そもそも謎が処理されているかどうかの話をしているのに、
  「努力」などという言葉がなぜ出てくるのでしょうか? それは好みの話
  をしているからです。自分で好みの話を持ち出しているのに、「主観的立
  場の相違は解決できない」などと書込まれるのには、あきれるばかりです。

  話がまとまっている、あるいは、終わっているということを、作品の価値
  基準であるかのようにふりかざす方々がいらっしゃいます。しかし、その
  大半は、自分好みのお話が始まっているように見えるからその作品を評価
  するのであって、話がまとまっているから、あるいはちゃんと終わってい
  るから評価しているのではないのです。つまり、SF風の始まりや、シリ
  アス風の語り口や、あるいは寡黙な主人公の魅力に本当は惹かれているだ
  けであって、僕にいわせれば、話がどうのこうのというのは後追いの理屈
  でしかありません。要するに「チャチャかわいー」「サミーかわいー」と
  なんら変わるところはないのです。ところが、そうした方々の大半は、自
  分は「話がまとまっているかどうか」を評価している、と思い込んでいる。
  そこが実は、この会話をややこしくしている本当の原因でしょう。

  もうひとついえば、作り手の多くは、「話が終わっている」かどうかなど
  問題にしていません。それはあくまで技巧的な問題でしかないからです。
  作り手が真にこだわるのは、自分の表現したいものが表現されているかど
  うかです。「作家の内的必然」などとおっしゃるわりには、そのことを理
  解されているとは到底思えない言動の数々。いったい、どういうことやら。
   TOSHI