#134 Article 543 Posted at 1993/01/27 09:23:06 by ISAM (MAP1129) [NO.01S]

Subject: Re:*5 第1話の映像解釈について /533 ... /523 /503

もちろんダンドリの問題です。
 構成というのは漠然とした用語として使っているのではなくて、脚本作成の前段階
で作られるプロットやハコといったものを想定しています。
 この場合のダンドリというのは受身のものだけではありませんけれど。

 劇的シーンですが、これは製作者側の戦略ではないかと思います。新番組の第一話
に視聴者獲得のためのなんの工夫もないというのも考え難いですから。
 まず物語の序盤から最後のシーンまで、ちょうど双子妹の心の予兆のように描かれ
る空模様ですが・・・これってのは、精神が外的な状況としてあらわれるという意味
では魔術的で、物語に神話的な(いわゆる「不思議な雰囲気」ってやつかな)要素を
付加しようとしてのものでしょう。タネも同様で、よくわからないが意味シンなわけ
ですね(このへんをいかに演出論としてとらえようとしても、神秘的とか暗示的とい
う印象は覆せないでしょう)。
 で、そういう空間に描かれる物語というのも予感やら不安やら激情やらで、個々の
側面だけとってみれば、ドラマチックです。
 これに、少女の主観的世界といった用語を使われると、僕はウーンと唸ってしまい
ますね。この用語は何かを説明できるとは思えない。やはり所詮はドラマで嘘八百な
のですから・・・例えば少女の個人的劇場世界といった言葉を使えば若干は説明的に
なるとは思いますが。そうしなければ「少女の主観的世界」といった言葉を使ったと
きに漂う、それがある程度は普遍的なテーマであるかのような錯覚、に陥ってしまう
のではないかと思うからです。またこの作品の製作者も、そのてのわなに最初っから
はまっているのではないでしょうか?
 いずれにせよ、主観的とする場合の問題の中心は先輩の存在でしょう。
 不用です。
 なんだか、先輩が海外に行ってからのほうが物語がスームズに運ぶような気がする
のもそのせいかな・・・
 空虚な存在なら、その隙間を限りなく主観で埋められるでしょ。

                           ISAM