#13 Article 9124 Posted at 1994/11/29 10:36:35 by 西形きみかず (MAP3788) [CONSTIT.]

Subject: Re:*6 読売の「改憲試案」について /9113 ... /9093 /9082

簡単にですが。
ボスニアなんかの場合は、私は近代戦ではないと考えています。ゲリラ戦に
近いものがありますから…あえていえば「脱・近代戦」ということで。
ちなみに中東のケースは国によっても違うんで何ともいえませんが、ユーゴ
の場合は「全人民防衛」という、一種の民兵制を敷いてました。これが結局、
国中に武器をばらまくコトになったという…。まぁ結果論ですが。

湾岸戦争についても同じで、私はあれを「脱・近代戦」と考えているわけで
す。その意味に限定していえば、私はゲリラ戦と同じカテゴリーに入れる
わけですね。

志願兵募集の広告に関していえば、あれは徴兵を補完するものと考えるのが
妥当でしょう。実際、当時でも(日本を含め)徴兵制一本の国は、むしろ少な
いわけで、補助的役割ながら志願兵制は採用されているわけです。
しかしあくまでも当時、主となるのは徴兵制ということで。
(教科書類によく採用されるのは、むしろプロパガンダの一例としてでしょ
 う。徴兵制の枠の外までも大量動員をかける、という好例としてでもある
 でしょうが)

最後に民兵制に関していえば、これは一種の徴兵制ともいえますが、しかし
むしろフランス革命当時の意味あいでの徴兵制の色が濃いですね。
つまり政治家側からでなく「国民(=人民?)」の側から要求する徴兵制、とい
うことで。実際、スイスのケースを見ればお分かりのように、民兵制は高い
民度を持っている「市民」でなければ、継続して維持するのは難しいですね。
そしてこれはある意味、極めて「反政治家」的であることは、TOSHI さんな
らばおわかりでしょう。

						西形 公一

*アメリカのケースに関していえば上と同じで、市民の崇高な義務として、の
 兵役、という考え方がまだ残っているわけですね。
 しかし私は、現実の事態はすでにそれを超えている、と主張しているわけで
 す。今は「市民社会」でなくて「大衆社会」ですから…というのが私の考え
 です。
*私は湾岸戦争を「大量動員」型の戦争とは考えていない旨、付記しておきま
 す。「大量破壊」的ではありましたが…しかしメディアに増幅された面も、
 大きいでしょう。