#13 Article 10041 Posted at 1995/05/02 17:01:59 by WAK (MAP5274) [PUZZLE]
Subject: Re:*6 頭の体操 /10030 ... /23297(#130) /22896(#130)
えっと、ちゃちゃ入れてよろしいですか? 私は廣松渉の「新哲学入門」を読んだこと無いんで、とりあえず書き込みの 内容に限定して話を進めます。 > 「客観」が「大多数の主観の総意」である限り、「観測した結果を他人が認めてく >れなければ、それは意味を持たない」でしょ? これは、話がちょっとずれていると思います。Art. 10024では、「主観」を 軸にして測定の話をしているのですから、「客観」を軸にして「認めてくれな ければ」という形に話を持っていくのはちょっと…と思います。 あ、今まで自分のやって来たことを棚に上げてますね(^^; すいません。 測定というのは、とどのつまりは、モノを、任意に導入された座標系(測定 基底)に対面させて、概念的に表わすことですよね。で、これを他人が認めよ うが認めまいが、測定者にとっては意味があるんじゃないですか? で、もし、他人の認め得ない観測結果を「意味を持たない」とするならば、 出題にあるような、測定対象より長い棒を持ってきて、それを測定基底とする やり方に対して異議が出されたと仮定すると、それは果して他人が認め得るよ うな測定方法ではなかった、ということで問題が生じると思います。 また、「他人が認めてくれない観測結果は意味を持たない」ということに拘 泥されると、では、人間の弁別能力を超えた測定が可能というのはどういうこ とか?という疑問が出てきちゃいます。 それから、MSP-Irisさんの言われる錯覚や遠近法、視野から追いだす等とい った「長さ」というのも、美術分野では現実問題としてふりかかりますし、そ ういう意味では、まさに「他人が認めてくれる観測結果」を、美術家は駆使し ていると言えちゃうんじゃないかな、と思います。 話は変りますが、解説の中で > まず、「長い」「短い」という概念は、他に比較する対象があって成立する話なの >ね。 となっています。しかし、原子定数やスペクトル線の波長を通じた測定基底自 体は、「絶対的な長さ」という概念に基づいていると考えたほうが納得いくよ うな気がするんですが、どうでしょ?というのは、このことは、今やパリに保 存されているメートル原器に頼らずして測定が可能だ、ということでもありま すから、測定基底となる器具の製作を、原器と「相対的」に作ることじゃなく なってきますよね。それに、原子定数やら波長の違いが「相対的」で片付くと も思えませんし。 また、長さや重さと言ったものを単に「相対的なモノ」で片付けちゃうと、 「角度の大きさ」はどう考えればいいんでしょ?あれって、一回転分の大きさ は、みんな同じですよね。 と、こういう屁理屈はさておいても、かくたさんの読んだ本って、なんか出 題の根拠に誤りがあるような気がしてならないんだな、これが(和久井映見調)。 あー、まだ熱がひけないようで、なんだかすいません。体壊しちゃって、う まく言えないな。 WAK(MAP5274)