#129 Article 246 Posted at 1993/04/16 20:30:04 by 根本 剛志 (MAP1144) [NO.24]
Subject: Re:*10 最後のクリスマス・イブ /245 .... /230 /229
まさか死体のネロとパトラッシュを見せるとは思わなかった。 確かに血色は良く安らいだ表情であったから死体には見えなかったが・・・ (以下から一気に話は独善的に飛躍してゆきますので御注意ください) ガキの頃観た記憶も手伝い、出来れば今回も日アニ版のように天使に・・・ と思ったのだが、歳を取り捻くれたようで『果たして死んで救われるなんて極 楽浄土的な宗教色を強めた表現になって良いものなのか?』という疑問にぶつ かった。 どんなにラストをソフトに描いても、雪女と同じだとは思うが子供に聞かせ るため見せるために柔らかな布を纏わせる事は大人の偽善でしかないのではな いか? 等と思い始め、それが偏った思想・宗教感に発展するなら突き放した 見方をさせるのは必要悪ではなかろうか? 等とも考えた。 「フランダースの犬」のラスト、主人公ネロの臨終の場は聖堂でありそこには キリスト教色の強い絵が掲げられている。差し込んだ月光で垣間見えた二枚の 絵が今回の場合日アニ版の天使の役割を果たしていたと思うが、既にこの時点 でかなりの宗教色を感じた。この上天使が降臨するようではその色彩はますま す強くなるやもしれない。宗教が悪いとは言わないが、一方的な情報の流出、 しかもそれに極楽浄土的な意味が含まれるとしたら、その表現に現場側が否定 的になってもおかしくはないかもしれない。 最後のカットは教会の墓地に集う村の皆を俯瞰で撮るという、言ってしまえ ば実に寂しいカットであった(と記憶している)。そう、寂しいのだ。死んで 華実は咲かないのである。そういう視聴者を完全に突き放した表現もまた現場 の善意であろうと思いたい。 最後に・・・ 「マッチ売りの少女」は好きだが、死ぬのは嫌いだ。 根本 剛志(MAP1144) ps.. 一方で死にざまを見させ考えさせようといい、また一方で極楽浄土的な 見方を、宗教的な見方に発展させないように見せない方が良いなどと矛盾 する事を書いてきた。 嗚呼まるで文部省的見解。結局私の独善はいつも破綻するのね。