#120 Article 977 Posted at 1993/11/07 19:34:48 by しっぽ☆ (MAP2611) [SYOSETU]

Subject: Re: 小説書いてみたっす /976

一握りの夢

                                Story created by しっぽ☆
                                                  MAP2611


        「フォーム意識して!」
        「トスが高いよお」
        「X攻撃いなずまサーブぅ!」
        「こらそこ、ふざけてんじゃない!」
         ここ、みどり女学院バレーチームは、間近にせまった対抗戦に向
        けて特訓に燃えていた…というと聞こえはいいが、やってることは
        例によっておちゃめの連続である。
         ま、それがここのとりえといえばとりえなのであるが…

        「明日からは1年と合同で練習だからね。レギュラーの座を取られ
        ないように」
        「がんばんなきゃね、とくにミクは」
        「あーっ。あたしはだいじょうぶだよぉ」
         すでにバレー部恒例となっているミクとルミのいつものやり取り
        が始まった。バレー部にしては背の低いミクはことあるごとにルミ
        にからかわれる。ミクも気にしてはいるのだろうが、いたって明る
        いので周りも気楽なもんである。
        「ほらそこ、いつまでもしゃべってるな! それじゃ、解散」
         リーグ戦と全国大会を戦い抜いて、すっかりキャプテンとしての
        口ぶりが板に付いたユミの声が体育館に響く。
        「あした!」(ありがとうございました、の意)

                                *

        「まずいな、ちょっとおくれちゃった」
         十年ぶりの猛暑を記録した夏も終わり、ここゴダイリゾートにも
        ときおり涼しい風が吹くようになってきた。小谷ミチはリゾートへ
        の道をロードレーサーで走っていた。全国大会出場祝いということ
        で両親に資金援助してもらって買った楕円クランクギヤの感覚が足
        に心地好い。
        ---4時にユースだからね、遅れないでよ---
        「分かってるわよ」
         かしまし三人娘だのなんだのと言われているミク・ルミ・ミチだ
        が、ミチとしてはほっておくと止まらないミクとルミを諌めるお姉
        さん役をしているつもりでいた。少なくても自分では、だが…  は
        たから見ていると、ただ一緒になって騒いでいるだけ、と言われて
        も仕方が無いかもしれない。しかし実際、ミチは他の二人と違い、
        ある部分でいつも冷静に物事を見つめているような所があった。

         みどり女学院とゴダイユースの交流が始まって1年が経つ。当時
        ユースのキャプテンだった大地は今ではゴダイのトップチームで頑
        張っている。今日はその大地のトップでの初ゴールの祝賀会だった。
        ま、名目はついているが、要はなにか理由を付けて騒ぎたいだけな
        のである。けっこうお祭り騒ぎが好きなミチは、予定が許す限りそ
        の類のパーティーには顔を出していた。もっとも、ミクとルミには
        別の目的があるようだが…

        リゾートゲートが見えてきた。ゴダイユース宿舎はもうそこである。

                                *

        「え~、不肖このわたくし、サルバトーレ・カンタピレ・ペレケト
        ランポ7世が乾杯の音頭を取らせて頂きます。さて、先日めでたく
        キャプテンのトップ初ゴールが…」
        「おいおい、俺はもうキャプテンじゃないぞ」
        「あ、しいません…つい。え~、前キャプテンの初ゴールがなされ
        まして、その…」
        「名前で呼べよ、名前で」
        「なんか、照れ臭くってさ…キャプテンはキャプテンじゃん」
        「そうなんだよ、こいつらいまだに俺のことカールって呼び捨てな
        んだぜ」
        「カールはカールでじゅうぶん」
        「おまえらな…」
        「ねえ、いつになったら乾杯するの?」
         ここ数ヶ月でゴダイユースのメンバーはかなり入れ変わった。キ
        ャプテンを始め主要メンバーが4人トップ入りしたため、いままで
        控えだったメンバーがレギュラーとして頑張っている。ヨハンやロ
        ペスを見つけてきた優秀なスカウトであるオバラも世界中を探して
        いるが、チームが固まるのはまだ先だろう。果たしてルーキーカッ
        プまでに間に合うのだろうか。例によってのんびりしたチームであ
        る。

        「へえ、凄いじゃない、トップ入りも夢じゃないわね」
        「みづほ、ベイシティ選抜でもリーグ戦でも目立ってたもんねぇ」
         話題は、先日みづほに来たプロからのスカウトの事になっていた。
        「なになになに? みづほさんがどうしたって?」
         後ろで聞いていたトトが乗り出してくる。
        「スカウトが来たのよ、プロから」
        「凄いじゃん、みづほさんもプロ入りかぁ」
        「すぐって訳じゃないわよ」
        「やっぱ全国大会で活躍したのが利いたんだろうなあ、 プロへの
        登龍門!ってか?」
        「甲子園じゃないんだから…」
         プロの予備軍であるユースの彼らと違い、一介のハイスクールの
        バレーチームである彼女たちにとって「プロ」は遠い夢物語…の筈
        だった。しかしみどり女学院は2年連続で全国大会に出場、しかも
        2年ともベスト8入り。その中でもみづほの破天荒なプレーは、ス
        カウトの注目を集めるのに十分だった。
        「隼の奴にはもう報告したのか?」
        「なんでそこでいきなり隼さんが出て来るのよっ!」
        「今日報告するつもりだったのよねーっ」
        「隼の奴しょうがねえなあ、こんな大事な時に」
        「ま、遅刻はあいつの得意技だからな」

                                *

       「とうとう隼さん来なかったね」
       「ま、忙しい人だからね」
       「そういえば、こないだサッカー番組でやってたよ、学生プロサッ
        カー選手だって」
        パーティーからの帰り道、バレー部の皆は海岸に座り込んで話を
        していた。
       「みづほ?」
       「ん? なに?」
        ミチはパーティーの時に感じた疑問を聞いてみることにした。
       「今日はどうしたの? なんだかおとなしくなかった?」
       「え? そんなこと、…ないよぉ」
       「ううん、なんか元気無かった」
       「そうそう、いつもだったら先頭に立って騒ぐくせにねぇ」
       「やっぱり、悩んでるの? スカウトのこと、どうするか」
       「うん…そうかもしんない」
       「なによそれ」
       「なんか、不安でさ…私なんかで大丈夫なのかなって」
       「みづほでも不安感じることなんてあるんだぁ…」
       「意外~っ」
        ルミとミクが奇声を出す。
       「なによなによぉ、ひとを化け物みたいに」
        確かにみづほは「不安」という感情とは無縁のように見える。い
        つも元気一杯なみづほを、ミチはいつも羨ましく思っていた。
       「みづほなら大丈夫だよ」
       「気楽に言ってくれるわねぇ、ミチ」
       「平気平気、お気楽ごくらく、いけいけGoGoよ」
       「ミク、あんたまたヘンなテレビ見てるでしょ」
       「いいじゃない、おもしろいんだもン」
        ルミとミクのいつものやり取りが始まる。笑ってそれを見るみづ
        ほの横顔が、いつもより元気が無いのをミチは心配して見ていた…

                        *

        翌日。練習は休みである。家でごろごろしていてもしょうがない
        ので、ミチは久しぶりにベイシティの方に足を伸ばしてみる事にし
        た。
       「あ、先輩! リョウコせんぱぁ~い!」
        ベイシティから岬沿いに西にしばらく行った所にある湾岸展望台
        で、ミチは懐かしい顔に会う事になった。
       「あら、ミチじゃない、久しぶり」
        佐久間リョウコはミチにとっては2コ上の先輩になる。1年の時
        は毎日練習でしごかれ、「鬼のキャプテン」と恨みにも思った事が
        あったが、今では誰よりも頼りに思っている人生の先輩である。
       「みんなは元気?」
       「はい、元気いっぱいです! けど…」
        ちょっと迷ったが、思い切って相談する事にする。
       「ちょっといいですか? みづほの事なんですけれど…」

       「へえ、みづほがプロにねえ」
       「それが、あんまり嬉しそうじゃないんですよ」
        ミチは、リョウコがそれほど意外そうでないのに驚いていた。
       「実はここだけの話だけれどね、 私にもあったのよ、 プロからの
        スカウト」
       「え? ほんとですか?」
       「ええ、都市対抗が終わった頃にね。結局断ったけれど」
       「なんで断っちゃったんですか? もったいない」
       「私にはホームヘルパーになる夢があったから。っていうとかっこ
        いいけれどね、本当の事を言うと、やっぱり自信が無かったのよ」
       「そんなぁ。先輩なら絶対いけたと思います」
        リョウコのライトからの強烈なアタック、 そして必要に応じて
        ツーセッターもこなすセンスは、 セッターであるミチにとっても
        憧れであった。
       「ねえ、ミチ?」
       「はい?」
       「プロになりたいって思っている人は多いわ。そして、自分は他人
        よりも抜きんでているから、自分だけはプロになれるという自信を
        持っている人もいっぱいいる。 でも、 そのうちプロになれるのは
        ほんの一握りで、 プロとして成功するのはさらにその一部だけ。
        『プロになりたい』って思った人のほとんどは、夢敗れて違う道を
        進むことになるのよ」
        ミチはゴダイユースの皆の顔を思い浮かべた。そう、彼らはいつ
        も自分がすぐにでもトップ入り出来るような事を言っているが、実
        際には夢叶うのは僅かなのだ。いつもは忘れている何とも言えない
        やるせなさが胸を襲う。
       「プロになるためには、バレーの才能だけじゃ駄目なのよ。誰もが
        惹き付けられる力、思わず応援したくなるようなそんな魅力が必要
        なんだと、私は思うわ」
       「それなら先輩にだって…」
       「それはもう言いっこなし。私は今の仕事に満足しているんだから」
        そう言って微笑むリョウコの姿には、以前の鬼キャプテンの面影
        はどこにもない。
       「あなたから見てみづほはどうかしら?  プロになるための条件を
        満たしていると思う?」
        ミチは去年の地区予選の決勝を思い出していた。あと1点を取れ
        ば勝ちという場面に、突然の観客席からのみづほコール。後で聞い
        た所によれば、ゴダイユースの皆はロードのコースを大幅に変更し
        て応援に駆けつけてくれたという。思えばあれがみどり女学院とゴ
        ダイユースの交流のきっかけだった。

                        *

       「ファイトいっぱぁつ!」
       「でやぁ!!」
        翌日。みどり女学院体育館では、いつも通り…いや、いつもより
        も元気なみづほの声が響いていた。
       「どうしたの、おとといとはうってかわって元気じゃない」
       「それがね…」
        驚くミチにミクとルミが意味深な笑みを浮かべて近づいて来る。
       「昨日、隼さんに会ったんだって」
       「悩める乙女にとっての特効薬ぅってね」
        そうだった…あの二人については、心配するだけ損なんだという
        ことをすっかり忘れていた自分を、ミチはのろった。
       「それであっさり解決しちゃったと、そういうわけ」
       「こら、ミク・ルミ・ミチ! いつまでもしゃべってないで!」
       「あ、はぁ~い!」
        『結局、あたしゃ何の為に悩んだんだろう…』
        一抹の疑問を感じながら、ミチはボールの落下点へ走った。

                        *

       「じゃあ、バレー部やめちゃう訳?」
       「う~ん、やっぱりそういう事になるわね、残念だけど」
        プロ入りとはいえ、当然の事だがいきなりレギュラーになれる訳
        ではない。しばらくの間は学校に通いながら練習に混ざる形になる
        そうだ。しかしいずれにせよ、いくらバイタリティ溢れるみづほと
        は言え、学校のバレー部に入ったままで出来る仕事ではない。
       「寂しくなるなぁ」
       「ごめぇ~ん。でも、やっぱ夢だったからね、プロって」
        今日はミクとルミはユースの応援で先に帰った。みづほは手続き
        があるとかでしばらく学校に残らなければならなかったので、ミチ
        はそれに付き合ったのである。
       「ほら、わたし前、隼さんを連れ戻しにヨーロッパに行った事あっ
        たでしょ?」
       「うん。選抜が決まるちょっと前だったよね」
       「その時、成り行きでアリッサさんと一緒にしばらく一緒にだった
        話はしたよね? その時の事をね、最近良く思い出すんだ」
       「どんな事?」
       「う~ん、どんな事って言われると困るんだけど…いろんな事。そ
        うそう、アリッサさんがオランダでの試合に勝った後のインタビュ
        ーでこんなこと言ってたんだ。
        『風車は風が吹かなければ回らない』って」
       「風車?」
       「自分が点を入れられるのは、セッターの人がいいトスを上げてく
        れるからって意味だったんだけれど…その後ね、隼さんがどっか行
        っちゃってね」
       「なにそれ」
       「えっと…とにかくどっか行っちゃったの。そしたらね、ベッケン
        さんが『隼は風みたいな奴だからな』って」
       「風…ねぇ」
        どっちかというと空気って感じだけれど、と思って、ミチは思わ
        ず吹き出しそうになった。
       「あの時は私が隼さんを後押しする形になったでしょ? あとでね、
        アリッサさんが『風にフォロースルーね』だって」
       「今度は、みづほの方が風に後押ししてもらったってわけ?」
       「後押し…って感じじゃないなぁ。もともとプロになるってのは目
        標だったもん。風車は風さえ吹けば勝手に回るってわけよ」
        みづほはぺろっと舌をだしておどけて見せた。彼女なりの照れ隠
        しである。
       「あたし達も応援してるんだからね。みづほの夢」
       「ありがとう! ねえ、ミチには? ミチにはどんな夢があるの?」
        ミチは突然の問いに驚いたが、答えは決まっていた。
       「わたしの夢はね…」

        風は、ゆっくりと吹きはじめていた。


            《おわり》

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