#12 Article 4788 Posted at 1989/06/09 02:45:59 by ISAM (MAP1129) [ANIME]
Subject: Re: Re: RE:2-673:アニメの影響力、道徳性、粗悪品告知に関して /4783 /4781
うーむ、キャラクターボードから追い出されてしまった。 同じことを何度も言うのはなんだから、飛ばすけれども。結局、僕自身としてはそれ ぞれ個人が、今のアニメ産業が作りだすアニメを、 ①「クズなどとはとんでもない、優れた作品である」 ②「クズなのだけどクズとは言ってもいけないものである」 ③「今はクズだけど、今後はより優れた芸術性を求めていかなければいけないものである」 ④「クズなのだけど、その中から芸術性や思想性を拾い上げていかなければならない」⑤「クズだけど、いや、だからこそ面白い」 といった幾つでもある考え方のうちどう思っているかということがあんまり読めなかっ たのでいまいち論旨が噛み合いませんでしたのね。 ちなみに僕は⑤ですの・・・ ところで皆さんにあやまっておかなければいけないことがあります。 「クズ」云々といった話しは僕のオリジナルではないのです。 これは、鏡明というSF作家が「少女漫画には素晴らしい作品がある。たしかにその 8割には見るべきところがないが。残り2割の作品を私は愛する」といったようなこと を言ったときに、栗本薫がそれに対して「私は、そのどうしようもない8割を含めた少 女漫画全体を愛しているのだ」と反論したことに(ちょっと記憶が不正確かもしれませ んが)感動を覚えた僕が、いつか使ってやろうと思っていたわけです。 つまりメディアがクズなものを含んでいるとき、クズを除外して良いものさえ残せば それで事足りるわけではない、ということだと思います。 そして僕も時として自分でも「クズ」だと思っているものを愛してしまうことはあり ます。しかし、そういった自分を恥かしいと思うのは自分が逆に社会的な見栄や虚勢に 縛られているだけのためだと思います。 だから僕は「クズ」という言葉には何の拒否感も怒りも感じませんね(僕自身が社会 のクズ、又はごく潰しという立場にいるせいだという気もするが)。 PS. 子供が悪くなっている、云々という話しは全然そうは思いませんね。 ましてや宮崎アニメを見せるといった話しに至っては・・・ 宮崎という名前はもはや日本のアニメ界における水戸黄門の印龍のような存在となっ てしまったのでしょうか? たしかに彼がある種の思想を持ち、それをエンターテイメントとして結実できる能力 をもっているというのは分かりますが、だからといってそれですべてが片付くのでしょ うかね。 なぜ「劣悪」というレッテルを嫌がるのでしょうか? 子供は純真で馬鹿で残酷で卑怯です(そして我々も)。しかし彼等は無限の可能性を 持っているのです。そんな彼等を僕たちが型にはめ、虚勢して、しかもその道具にアニ メを使うなんてあまりのおぞましさにむしずが走りますね。 僕は、ガキの頃に「死ね」とか「この、き☆がい」とか、それこそ日本の人口が半分 になるほど言いましたし、回りもそんなもんでした。 レインボーマンは毎週見てて、みんなで「死ね、死ね死ね死ね死ね死んじまえ」とか 合唱しましたし、すごく好きだった。 だから宮崎氏の「子供のために・・・」といった言葉は傲慢だと思います。彼はむし ろ、自分の満身の意志と力を込めた作品を子供に問う、と語るべきではないでしょうか。 ありっ、今日見てたら結構シュラトも面白いね ISAM