#119 Article 5515 Posted at 1994/06/24 02:36:05 by 輪違聡司 (MAP3135) [SMOON]

Subject: Re:*58 セーラームーン原作漫画5,6巻 /5501 ................ /3176(#70) /3171(#70)

うーんと、ではまず、必要という語を出されておられますので、「日常」が「必
要」かについて考えてみましょうか。

 おっとその前に。ここで言う「日常」とは、バトル以外の一般人としての生活、
狭義としての「日常」であることを言い置いておきます。念のため。
 気になるようでしたら新たな単語を作って戴いても構いませんが、とりあえず。

 必要性について問うこと。すなわち、「必要か否か」を問うことでありましょう。

 日常は必要か。

 私の答え。日常は不要だとは思いません。だから、必要。

 なぜ、不要ではないと思うか。それは、「日常描写の無かったセーラームーン」
を想像して出た結論です。
 以下は、「理由その1」を補完しつつ、MOSさんの問いに答える形で進めます。

 日常がなかったら、絶対に今のせらむんの形は形成されていなかったでしょう。
 今のせらむんの「雰囲気」というヤツは。

 どんな作品にも、それぞれの雰囲気があります。作品のカラーとでも言うか。
 そしてそれは、視聴者側から見たら、作品のイメージとなります。

 例えば、「このキャラクターだったら、こういう場面に出会ったらこう行動する
だろうなぁ」と見る側に想像をさせることの出来ること。
 それが「キャラクターの雰囲気」であり「お話の雰囲気」であり「作品の雰囲気」
である、と。

 そしてそこには、雰囲気の一貫性がある。

 それぞれの作品が、それぞれに持つ雰囲気。それは私は、その作品にとってそれ
ぞれ「重要な物」だと思っています。
 せらむんについても同様。

 私が言いたかったのは、まず「雰囲気ありき」です。
 せらむんがもつ、総体としての雰囲気。「おきらくごくらく性」や「ヒーローの
等身大性」なんてことを挙げましたが、それだけじゃない。全体としての雰囲気。

 それが形成されるまでには、いろんな要素が絡むはずです。
 バトルもありましょう。運命や神秘性もありましょう。

 その「せらむん全体の雰囲気」において、「日常」の影響はいかほどのものか。
 私は極めて大であったと考える。
 日常がなかったら、今多くの人が思い浮かべるせらむんのイメージはなかったに
違いない。
 そう考えるから、日常は「必要」であるし、言わせてもらうなら「重要」なファ
クターであった、と、こう考えるわけです。

 確かに「日常」と「雰囲気」というのは原因と結果に当てはめることも出来ます。
 ただ私が言いたいのは、「雰囲気」という結果が、「日常」という一原因のみで
成立したという風に見ているわけではありません。そういう単純な対応関係で見て
いるわけではありません。ましてやイコールでもありません。

 あ、これはもちろんTV版に対しての話です。
 TVと漫画では、また異なった「雰囲気」を醸し出していますよね。
 それぞれの雰囲気が、それぞれの作品において大切なものであろうと考えていま
す、ということで。

 とりあえす、Art5501の「理由その1」に対する問いかけに対する答えは、こんな
ところで。

 で、「理由その2」に対する問いかけですけど………

 欧州世界(キリスト教社会)における絵画・文学を例えとして挙げておられます
が……この例えの意味がよく分からないんです^^;
 欧州の例と、せらむんにおける日常論が、どういった対応関係にあるのかが判ら
ないんです。ここは詳しい説明をお願いします。

 あと、Art.5502については……とりあえず「日常」の捉え方については、レスは
しましたね^^;

 あ、

>	バトルをとりわけ日常から分離するのはなぜですか?

 という問いがありましたか^^;

 まぁ、簡単に言ってしまえば、「議論上の流れ」というトコはありますね(笑)
 私が「日常の中の面白さ」を語ったところ、MOSさんが「ヒーロー物としての面
白さ」ということを言い出されたので、その後の流れとして「バトル」と「日常」
という二つの流れが出来てきた、ということでしょうか。

 「ヒーロー物」と「少女漫画」の分離云々の時にも語りましたけど、便宜上、そ
うしているということです。
 「ヒーローの二面性」なんて物を考える上では、そうした方が考えやすいでしょ?

 「バトルもまた彼女らにとっては生活の一部と化している」ということは踏まえ
た上です。それは言ってますけどね。

 実際「二面性を持つ生活」をおくっているわけですから。

 彼女らにとってはともかく、客観的に見ればバトルと一般的な日常生活ってのは
かなり異質な存在であるわけですからね。そゆこと。


                             わちがいそうじ。