#119 Article 5340 Posted at 1994/05/17 23:36:44 by 輪違聡司 (MAP3135) [SMOON]
Subject: Re:*34 セーラームーン原作漫画5,6巻 /5314 .......... /3176(#70) /3171(#70)
> 「セーラームーン」=「ピンクレディ」 あ、この話面白いです。なるほどなるほどぉ。 いいこと言う人いますねぇ。 > 「ピンクレディ」=「色」「音」「動き」 > 「おねえさん」>「おにいさん」 これ、なるほどな、って感じですね。 こういう要素は確実にありそうですね。うん。 で、幹と枝のたとえ話の話なんですが……… 実は私、よくわからないんですよ(笑) その、「幹」と「枝」に託す物がどの程度の物なのか、という……… 「幹」が核であることは間違いないんでしょうけど、それに対する「枝」が、無く ても構わない、文字どおり枝葉末節の存在という捉え方であり、「幹」に当たる具体 的なファクターが「バトル性・かっこよさ」で、それ以外の要素は皆「枝」という捉 え方であるのなら…… 私は、私の感覚としては、ちょっと否定的ですね^^; バトル性やかっこよさが「限りなく核に近い要素」であることは否定しません。 ただ、なんというのかな、この作品の核を構成している要素はそれだけではない、 というのが私の考えなんですよ。 いくつかの要素が重なり合って、作品としてのアイデンティティ(表層的な「商品」 としてのそれではなく)というべき「幹」を形成している、というのが私の見方です。 最近、私の地元でも無印せらむんの再放送が始まりました。 いやー、セーラームーンって面白かったんだ(笑) んで、R、特にBM編がイマイチだったワケについて改めて考えたりしました。 ちびうさ中心、セーラー戦士達当事者中心の話になっていましたよね。BM編は。 「日常描写がない」って嘆いたことがありました。放映当時。 確かに、日常描写のない「セーラームーン」は存在し得た。だから日常はそれほど 重要なファクターではない……… この論争の開始当初、MOSさんにそういう感じのこと言われちゃったんですよね(笑) でも、今改めて考えても、やっぱりそうじゃないと思えるの。 今私が思うBM編の問題点は、 ・ちびうさ周辺の話になり、登場人物や舞台が限定、矮小化した。 ・「守るべき」未来に対する疑問。(本当にそんなに大切な物なのか?という…) なんですけど……… 問題は、「何故セーラー戦士達が戦うのか?」ということ。 日常描写の特に無かったBM編において、戦う目的は何か。周囲の人間は出てこな いのだから、その目的は当事者間の間に見出だされるしかない。 それが、「平和な未来を守ること」だった。 でも私は、その「守るべき未来」に何の魅力も感じなかった。矛盾さえ感じた。 いや、それ以前に、私は、セーラー戦士達の戦う目的は、崇高な理想とか、使命感 とか、そういうものでは、本来ないのではないかと思うのです。 友達を守りたい、とか、好きな人のために、とか、平凡だけど平和で楽しい生活を 送りたい、とか……理屈じゃない、肌で感じることの出来る感覚、少女らしい感覚に 根ざす物ではないかと思うのです。大仰な人類愛みたいな物を口で語ったとしてもね。 基本は、そう、もっと感覚的なものだと思うの。 (ここは人によって見方の違うところかも知れないけど。) ラスト直前になるちゃんが出てきましたけどね、私の見方としては、それは既に手 遅れだった。「守るべき平凡な日常」は、平凡故に積み重ねる必要があったのに、そ れがほとんど描かれてきていなかったわけだから。 結局あの話は、大仰な使命感の元、疑問の残る未来を守ることで終わった。 私は、セーラームーンが女の子に受けた一つの理由に、本来、戦う目的が理屈では なく、感覚にあったことも挙げられるような気もしています。 もちろん、BM編にそれが全くなかったとは思わないけど。ただそれは、結局ちび うさ一人に対して発した感覚であったし、それも、どちらかといえば、母という「立 場」から発せられた物であったと思いますし。 Rを振り返るとね、日常のないセーラームーンがどんな物になるか、とても不安な んです。疑問を覚えるんです。 BM編のようなスタイルの方がいい(細かな設定や実際の出来は別として)という 人もいるかもしれません。 それはそれでその人なりの一つの見方、好みとして許容は出来ますが、私自身の好 み、価値観からするとやはりそれはイヤだと思ってしまう。 私の価値観からすれば、日常性、そしてそこから発せられる感覚も、「幹」を構成 する重要なファクターなんです。 「かっこよさ」ってのとタメはれるくらいの構成要素だと思っています、「幹に対 する枝」なんていう上下関係は考えていません、というのが私の答えかな。 でも、セーラームーンのどこに興味を持って好きになった、みたいな部分は人によ って結構違うでしょうから(あ、でも、私もOGさんのおっしゃるようなキャラクタ ービジネスという部分にも興味があったのは確かだなぁ(笑))人によって「幹」をど こに定義するか差異が出てくるのは仕方のないことかもしれませんね。 あ、そうだ、これは聞いておきたかったんです^^; MOSさんが「かっこよさ」を主張するときに挙げられるのは、ほとんど原作のそれ からですけど、アニメの方では、MOSさんのおっしゃるような「かっこよさ」はどの あたりに見出だされるのかな、という……… 私はもう、アニメと原作は分離して、あくまでアニメのそれとして話しているんで すけど、MOSさんはアニメと原作はやはり同一だ、とおっしゃったでしょ。 そこの論拠が見えないと……私は「原作とは別のアニメ作品」という立場での話を しているものですから、どーしても食い違ってしまっているんじゃないかという不安 が抜けないんですよ^^; わちがいそうじ。