#119 Article 5288 Posted at 1994/05/09 19:55:48 by MOS (MAP3497) [SMOON]
Subject: Re:*31 セーラームーン原作漫画5,6巻 /5259 ......... /3176(#70) /3171(#70)
例によって遅れてすみません。帰ってきてからも、GWの間、 あんまり家にいることが少なかったので。 少女マンガについては、客観的な「少女マンガとは何か」 なんて議論は、ここでは無関係なので、 「少女マンガと聞いて、何を思い浮かべるか」 という書き方にしました。 で、私なりのまとめ、ということですが、 セーラームーンがこれだけ社会現象にまでなった理由は、 本来の視聴者層にもきっちり受けた事にあると思いますが、 その「本来の視聴者」とは、何なのか。私の見るところでは 最大のファン層は、小学校低学年以下の女の子ではないかと 思ってます。 >そこで、ふと思ったのですが、私(達?)が好きな「日常」っていうのは、 >私(達?)があらま欲しいと思う「中学生の日常」だったのかも知れないですね。 ですから、こいつは全く構わないと思います。彼女達にとっては、 リアリティは重要ではないのですから。 で、みんなどこに惹かれたのか、といえば、私は第一義的に は「カッコいいおねえさんたち」が活躍するアニメだったから と思ってます。 ただそこで、わちがいさんの主張される「日常性」というのが それに全く影響がなかった、とまでは言いきる事は、とりあえず 避けておきます。「本来の視聴者」ではない(笑)とはいえ、 わちがいさんのように、「日常」に惹かれたという人が実在した わけですから。 私の見たところ、なのかもしれませんが、セーラームーンの 「日常」(これは原作でもTVでもいいのですが)は、いわ ゆる「典型的少女マンガ」とわちがいさんがおっしゃるマンガ に比べると、特に他を引き離すような、とりわけトップクラス というわけでもないという気がします。 私がわちがいさんの主張に、頑固に反発し続けた理由は、一つは たぶんこの辺の認識にあるのでしょう。 もう一つ、古くはウルトラマン以来、今までのヒーローものだって、 「日常」はそれなりにでも描かれてきたではないか、という疑問。 だから「日常」は、単独ではウリにならないし、「対比」という 立場をとったとて、いままでのヒーローものにだって、「日常」 がなかったというのは絶対にウソだから、従来作品に対するセー ラームーンの優れているところ、もしくは新しさ、というのは、 単なる量的な問題、つまり具体的には、例えばわちがいさんが満足 するだけの量の「日常」があるか否か、でしかないのではないか。 しかし、ヒーローものを使って「新しい少女マンガ」を提案した のは、明らかに質的な違いであり、云々・・・まあ、この位でやめて おきましょう。 私に、最初に枝葉は全部取り払って、とりあえず幹をがっちり おさえよう、という傾向があるのは、自分でも気づいています、 というより、たぶん、意識してやっている部分もあります。だから、 「幹だけでは木ではない、それは木材だ。」 という批判に対しては、もはや方法論の違い、としかいえない んですよね。残念なことに、現在のサイエンスでは、博物学は 亜流で、分析的手法が幅をきかせてまして、それにどっぷりの 私は、放っておくと、こういう話の進め方になってしまいます。 つまり、幹すら捕まえられなくて、どうして木全体を把握出来よう、 というわけなんです。 まだ、完全には分かっていないのは、わちがいさんの私に対する 反論は、「幹だけでは木ではない」ということなのか、それとも、 そもそも幹に対する認識が違う、ということなのか、いや、そもそも 幹、とか、枝葉、とかの区別をつけることをもともと拒否している ためか。 ということで、私の今までの意見はこの辺で終わりにします。 ところで、セーラームーンヒットの最大の理由と言うのは、 変身前と変身後の姿がほとんど変わらない、というとこでは ないかと密かに思っています。従来の変身ものって、ホントに 「変身」しちゃうでしょ。もしくはロボットのように、機械を 使って戦う・・・あれやられたら、セーラームーンは、単なる 凡庸な作品として、1年でさっさと放映終了していたのでは ないだろうか。 なぜかって言えば、私の言い方では「女の子が戦っている」ことに ならない、ということなんですが、「本来の視聴者」の皆さんに とっては、親近感が全然違っていただろうし、わちがいさんに とっては、「日常」との「対比」がしにくくなる・・・・から ではないのかな? by MOS (MAP3497)