#119 Article 5259 Posted at 1994/05/02 03:44:04 by 輪違聡司 (MAP3135) [SMOON]
Subject: Re:*30 セーラームーン原作漫画5,6巻 /5242 ......... /3176(#70) /3171(#70)
んーと、最近いろいろとやっていまして、レス遅れました。スミマセン。
とか言ってる今はまだMOSさんはご不在なのですね(笑)
まぁ、とりあえず、私のレスをば。
> わちがいさん主張というのは、「ヒーローもの」と「少女マンガ」
> が結婚して出来た子供がセーラームーンである・・・いい例えか
> どうか知らないけど、これでそれほど大きな間違いはないんじゃ
> ないかな、どうでしょう?
はい、そう考えていただいて結構です^^;
で、ヒーロー物と少女漫画の区切り云々の話。
はっきり言いまして、区切りを入れて語っています(笑)
それには二つの側面がありまして。
まず一面としては、先のアーティクルでも書いたことなんですが、ここ一連の話で
MOSさんが比較対象として挙げられたのは、みなヒーロー物・バトル物でしょ。
でも、それはやはり一面的評価であると思うわけです。
その事を主張するために便宜上区切りを入れた方が語りやすいと言うこと。
もう一面としては、やはり、セーラームーンという作品の「器」、基本的な企画と
してはヒーロー物+少女漫画的方向性の濃い物であると私は認識しているという事。
で、ですね、その「器」の中に存在する作品世界、物語世界においては
> 私にとっては、日常、とか、バトルとかの区別がないんです。
> 全ては「彼女達の経験」なんであって、だからバランスとか、
> 「対比」とか、そういう言葉が出てこないんです。
> だから敵の勢力が強まって、「戦いに次ぐ戦い」になることも
> あれば、最新号の「るんるん」のようにしばらく敵が来ない事
> もある。そしたら彼女達の「経験」は、それぞれ大きく片寄る
> わけで、彼女達の精神にもそれで微妙な影響が出てくる。でも、
> それだけ。
これは全く同意するところです。
至極当然の話です。1年に渡るTVシリーズですもの。物語に起伏があって当然
です。
山場やクライマックスの際に「頭の中は正義感と使命感」状態になっていることを
否定したりはしませんよ。私が気持ち悪いと思うのは、月野うさぎらセーラー戦士が、
一年中通して戦士として戦い続けるようなスタイルを仮想するときです。
ちょっと突っ込んだ見方をしてみます。
作品中で実際に動いているキャラクターたちにとっては、確かに、バトルも日常も
一律に「彼女たちの経験」です。間違いないです。
それは、言ってみればキャラクター達の視点ですよね。
でも、作品として俯瞰で捉えた場合、そこには一定の方向性なりテーマなりが存在
すると思うわけですよ。「見せるために作られた架空の世界」である以上。
そこに、私は、全体としてのバランスを求めたいし、客観的に「作品世界」を見た
場合の比較の面白さが存在し得ると思うわけ。
事実、視聴者たる我々は、月野うさぎらが存在する世界から見れば、客観的存在に
過ぎず、彼女らの世界を俯瞰で眺めるしかないわけですから。
うーん、ちょっと抽象的すぎるかな?
なかなか上手く自分の気分を表現できないので、つらいところですが………^^;
続いて、
> このあたりで、やっとわかった気がしました。わちがいさんと私
> とでは、そもそも「少女マンガ」と言ったときに頭に描く像が
> 違うのではないか。
に対するレスをば。
正直言いまして、私自身少女漫画歴(笑)は短く、幅も狭いので、あまり大したこと
は言えないのですが………^^;
まぁ、とりあえず、思うことだけを語ってみます。
少女漫画というカテゴリーは、実際は極めて広範な物ですよね。
その中にはいわゆるラブコメもあれば、ファンタジックな物、SFチックな物や、
ヒストリカルな物、ヒロイックな物、その他様々いろんな形態の作品があります。
ですから、本当のことを言うと、少女漫画とはこういう物、という形を決めつけ
ちゃうのは、ナンセンスだし失礼なことなんですよね^^;
でも、私はあえて、「少女漫画の一つの典型」という形を抜き出したわけなんです
よ。セーラームーンに私が見い出した要素から。
ここで一つはっきり申しておきます。
私が語っているのは、TVシリーズのセーラームーンについてです。基本的に。
私は、原作とTVアニメの「少女漫画性」に微妙な差異があると見たのです。
以前のアーティクルでも言いましたけど。
原作に関してはMOSさんの見方に対しとやかく言うことはあまりありません。
……というか、私自身もはや連載のセーラームーンは読んでいないので(単行本化
分は読んだが)あまり言うことが出来ない、という事もあるのですが^^;
(一応なかよし買ってはいるのですけどね^^;)
まぁ、少なくとも単行本で読んだ範囲で考えた結果、日常の丁寧な描写がないのは
仕方がない、無くても構わないだろー、という風に結論したわけです、はい。
でも、TV版セーラームーンに関しては、もう強弁に主張しちゃいます^^;
これはもー、かつてTVアニメからセーラームーンにはまり、1話からリアルタイ
ムで見ていた人間としては、ね^^; 意地かも知れない(笑)
「少女漫画」と聞いて思い浮かぶイメージは多々ありますし、単純なイメージだけ
で「少女漫画」を規定できないことも理解しているつもりです。
ただ、TVアニメ・セーラームーンを見たとき、私は、一般的に少女漫画と聞いて
最も多く思い浮かべられるであろう「学園ラブコメ」「ガール・ミーツ・ボーイ」の
要素を強く感じたのです。
日常と密着したところから作られていくスタイルの要素ね。
で、その要素は、TVアニメ・セーラームーン全体を通して、作品全体の雰囲気・
カラーを決定づけ、定着させる大きな要素の一つであったのだという風に考えていま
す(もちろん、私が大きいと感じた要素はそれだけではないことを、加えて言及して
おきます)。
別にね、「セーラームーンが新たな少女漫画の形を提示した」というな見方を否定
する物ではありませんし(事実そういえるだろうと思いますし、実際その影響が少女
漫画他誌で現れていることからも読みとれるでしょう)、自分が旧来から持っていた
イメージを「これこそが少女漫画」と押しつける気もありません。
ただ私は、セーラームーンに、そういう王道的な少女漫画の臭いも感じたんです。
で、それは作品に影響を与えている大きな要素の一つとなっていると思う。
セーラームーンを構成する要素・その魅力たる部分は一面的な物だけではない。
ただそれを言いたいだけなのですよ。
と、ゆーわけで、お帰りお待ちしております(笑)
あ、おみやげですか? 熊本までお立ち寄りの際にはぜひ(笑)
わちがいそうじ。