#108 Article 552 Posted at 1994/06/17 06:56:08 by りんずはうす (MAP1154) []

Subject: くだらん話です(^_^;)

ここに書くのはどうかとも思いますが、一応ここをホームグラウンドにしている
ものですから...(「カラオケ騒動?」も一段落したことだし)

※ はい、そこのあなた! 電話代がもったいないので ^C しましょう(爆笑) ※

 以下は、某ネットでの一騒動を見て思ったことです。


1. 原作付きアニメーションは原作に忠実であるべきかどうか?

 このボードの常連さんには「原作尊重派」が多い(ただ単に「おチビさん」が好
きなだけという「不純」な人もいる(^_^;))ようですが、個人的にはその必要はな
く、トータル的に見て出来がよければそれでいいと思っています。なお、これは
「あまり本を読まない者の意見である」ということをあらかじめお断りしておきま
す。

 とはいえ、原作に忠実であるに越したことはありません。しかしながら、それが
常に最善の策であるとは必ずしも限らないようです。原作を読んでいない者があれ
これ言うのもどうかと思いますが、成り行き上「レディ!!」とそのアニメ版につ
いて、ここで少し考えてみたいと思います。

 まず原作ですが、手元にありながらまったく読まないままで話を進めるという
「暴挙」をお許し願いたい(^_^;)のですが、かねがね伝え聞くところによると、主
人公は最後の最後までいじめられ続けたとか。(結局打ち切り同然のところへ来て
ハッピーエンドになったとも聞きました)で、これまた実物を見ていないまま話を
することになりますが、この展開を忠実に再現しようとしたのが「レディレディ!!」
ではなかったかと思います。

 さて、その結果はいかに...17回(だと聞きましたが)の「短命」に終わり
ました。裏番組が「めぞん一刻」(すいません、当時こちらを見ていました(^_^;))
という「強敵」であったのも災いしたのだろうと思いますが、仮にそうでなくても、
これまでに聞く限りの内容ではあまり日の目を見なかったのではないでしょうか?

 で、結局どうしたか? ここの皆さんならよくご存じの通り、原作を大幅に軌道
修正した「ハロー!レディリン」を登場させることになります。こちらの方でも
「主人公いじめ」という基本線は一応あったものの、前作ではあいまいだった方向
性が「レディクレスト獲得」(原作ではあまり重きを置いていないと聞きました)
という明確なものとなり、それに向かって努力する「ひたむき」さに重きを置いた
作品となったように思います。(それまで悪者役だった者が、最後には主人公の肩
を持つようになるという「お決まり」のパターンだと言われればそれまでですが)
                                 (^_^;)

 その結果はご承知の通りで、「強敵」がいなかったせいもあるのでしょうが、前
作を凌いで1年続くことになりました。受け手の評価は相応だったようで、お人形
さんもだいぶ売れたようです?(大爆笑)個人的にも好感が持てました。

 それにしても、原作本のうわさ話が本当だとしたら、英さんもずいぶんと残酷な
ことをするものですねぇ... ここまで人をいじめることができるということは、
それだけ実社会で嫌な思いをした、ということなのでしょうか...(^_^;)

 余談ですが、原作「レディ!!」では主人公の年齢が幅広く(話が進むにつれて
年齢が高く)描かれていますが、アニメ版では5歳なり8歳の頃がクローズアップ
されています。同様の設定を行った例としては、「大草原の小さな家」が原作であ
る「草原の少女ローラ」を思い出します。これは6歳のころを中心に描いていたと
聞きます。(主題歌がよかった(^_^;))

 「レディ!!」関連の場合、軌道修正の原動力となったのは某玩具メーカの「圧
力」だったような感じですが、こういうことはあまり考えたくないですね。結果的
に相応のものに仕上がったのだからいいのではないか、と...(安直)

 次に、もう一つ挙げるとすれば「愛少女ポリアンナ物語」があります。これは原
作(少女パレアナ/パレアナの青春・和/英文とも)も読みましたが、主人公の足
の怪我やチルトン先生が死んでしまうというあたりは概ね原作に沿ってはいるもの
の、年齢の設定(例えば、ジミーが本物のジェミーであることがわかるのはもっと
大人になってからのこと)や、ジェミーの足(原作では最後まで完全には治らない)
の話などの部分にはかなり手が加えられています。

 これについても、原作中心に物を考えるなら言語道断なのでしょうが、アニメ版
の「出来」は決して悪くなく(そうでなければ全話ビデオに収めたりはしません)、
むしろ、受け入れやすいという点ではこちらに軍配を上げたいところです。

 思うに、原作が忠実にアニメ化され、成功した例はあまりないのではないでしょ
うか? 個人的には「キャンディキャンディ」程度しか思いつきません。(ただし、
これまた原作を読んでいないので、単にアニメが原作派の支持を受けたという話を
聞き、勝手にこう解釈したに過ぎませんが...)


2. オリジナルアニメーションは駄作が多いか?

 多い少ないはわかりませんが、少なくとも、「オリジナル=駄作」の公式は成り
立たないと思います。でなければ、完全オリジナルの「とんがり帽子のメモル」を
どう解釈すればいいのでしょうか? 「七つの海のティコ」はちょっといただけま
せんが...

 原作付きばかりがやたらクローズアップされるようですが、世の中見回してみる
と、オリジナルのアニメーションでも出来のいいものが結構あるのではないでしょ
うか? とはいえ、最近は何があるのかよくわかりませんが...

 ちなみに、原作云々を蒸し返すようですが、個人的には原作を大幅に変えたり、
その一部を使って新しい方向に話を展開したものは、むしろ「オリジナル作品」の
部類に入ると思っています。ですから、「ハロー!レディリン」などはその最たる
ものではないでしょうか?(というほどのものかどうか...(^_^;))


3. 我流「話の進め方」(^_^;)

 アニメーション関連のネットでは、やれ脚本がどうだの演出がどうだのと、やた
ら難しい話になりがちで、わたしにはまったくついていけないのでただ黙って見て
いるしかない(^_^;)のですが、独断と偏見でものを言わせていただくなら、実際に
制作に携わる「プロ」、またはそれに近い立場の人間でなければ、はっきり言って
「何を言ってもムダ」です。

 なぜそう思うか。自称「アンプ職人」の肩書(?)を持つ立場上、アニメの話は
いったん置いておいて、オーディオアンプの例で説明したいと思います。

 今、わたしがアンプを1台作ったとします。音が出たというので喜びいさんであ
ちこちにPRしますと、当然それに興味を持つ人が「音を聴かせろ」とやってきま
す。褒められて怒る人などいませんから、「音がいいですねぇ...」と言われる
分には何も問題は起きません。しかし、中にはクレームを付ける人だっています。
問題はこのケースで、ここで単に感情的になってしまうのでは身も蓋もありません
から、大抵はその理由を問うことになるでしょう。

 それに対する回答は、大別して2つのパターンがあると思います。

 (1) 問題点/考え得る要因と、こうあるべきという「具体案」を示すケース

 (2) 「A社のはどうで、B社のは...」と単純比較する、あるいは
     ただ漠然と問題点を指摘するにとどまるケース

 これが今後の明暗を分けることになります。前者は相応の経験を積んだ人である
場合が多く、回路図を見せることにより具体的に問題点を指摘してくれたり、ある
いは、過去の経験から知り得た「ノウハウ」を披露してくれたりします。そのため、
よほどのことがない限り破綻をきたすことはなく、むしろ建設的に話が進みます。
また「同好の士」ですから、お互いにそうしようと望むものです。(すなわち、相
手の気持ちを害することなく、よりよい方向へ話を持っていこうとするということ)

 もし、仮に話が合わなかった場合でも、大抵は「オレはこういうのを作ったぞ!」
という話になり、(そうでなければ後者のケースになる)その結果、こちらは「あ
いつには負けじ」と更にいいものを作ろうとしますから、お互いの技術レベルが向
上するというメリットをもたらします。

 では、後者の場合はどうでしょうか? これはまず確実に破綻します。というの
も、具体的な方向性が見い出せないからです。したがって、以後の議論は「感情論」
や「水掛け論」に終始し、あげくの果てには「じゃあお前やってみろ、出来ない奴
が何を偉そうなことを言うか!!」という話になり、大抵の場合得るものは何一つ
ありません。

 もしわたしが批評する立場なら、このように話を進め、行動します。ただし、こ
れはあくまで公の場での話であって、個人的にブツブツ文句を言うだけの場合には
適用しません(^_^;)

 (1) まず回路図を要求(すでにあれば次へ)

 (2) 問題が出ると思われる場所を具体的に指摘

 (3) 問題回避のための具体案を提示

 これで納得がいかなければ、

 (4) 同じ回路を作って追試し、問題の回避策検討

 (5) その成果を公表

 なお、この間に相手の意見を聞くのは言うまでもありません。なお、以上が満足
に行えなければ、わたしには批評を行う資格がないものと見なし、それ以上何も言
いません。また、逆にわたしが批評を受ける立場になった場合、相手がここまでや
ってのける技量を持ち合わせていない限り、原則わたしは何を言われても相手にし
ません。

 余談になりますが、現在進行中の真空管パワーアンプは、上記を具体的に実践し
ようとしている例です。もっとも、この場合は別に人と議論し合っているわけでは
なく、ある本を見て「6BM8という真空管をこのように使うとどんな音がするか?」
という疑問を抱き、自問自答の末、それを実際に組んで確かめてみようとしている
に過ぎませんが...
(その結果、決して少なくない投資を強いられましたが... (;_;))

 強いて上に当てはめれば...

 (1) ある本に回路例が載っていた。

 (2) 5極管は内部抵抗が高く、このままではダンピング(音の歯切れ)が悪
     い。かといって多量の負帰還(=NFB)を掛けると不安定になるし、
     スピーカからのリアクション(=逆起電力)が心配で音も悪くなる。

 (3) では、「ウルトラリニア接続」ならどうか? 等価内部抵抗が激減する
     のでダンピングはよくなるはずだ。しかし、真空管への負担が心配だ。

 このままでは納得がいかないので...

 (4) 目下「製作中」

 という具合です。専門用語ばかりで「よーわからん」方が大半だと思いますが、
要はこのくらいの「執念」がないと、議論など到底できないということです。

 ところで、相手が「プロ」である場合、究極の戦法として「お前らプロだろうが!」
攻撃というのがありますが、まず効果はないと思って差し支えありません。わたし
は某日本コ■ムビアとかいうレコード会社に、社長室も含め、再三にわたり本戦法
に準じたミサイル攻撃(?)を繰り返して来ましたが、はたしてその成果があった
かどうかについては、現在の同社を見れば一目瞭然です。

 プロはよほどのことがない限り、所詮アマチュアの言うことなど相手にしません。
(アマチュアは所詮、野球で言えば「外野席から野次を飛ばしている観客」という
ところでしょうか?)ですから、プロを敵に回すのなら、その「よほどのこと」を
やらないと、まるで話にならないということになります。

 「よほどのこと」とは、例えば、オーディオアンプを技術雑誌に発表するような
ことを指します。その際、

 (1) 設計コンセプト(なぜこのようなものを作ったか)

 (2) 各回路の説明およびその利点/欠点、ならびに採用に至った経緯

 (3) 定性ではなく定量的なデータとその評価/評価に至った理由

(平たく言えば、論文を書く上の定石である「起承転結」に沿って話を進める)

 というような「成果」を述べた上で、現状のメーカなり製品なりの問題点を具体
的に指摘・批評することが必要です。(要は、「ウチはこれだけのことをやったの
に、アンタたちは一体何やってんの?」と(^_^;))上げた「成果」にもよりますが、
ここまでされればプロも黙って見過ごすことはできないでしょう。ただ、もしも運
悪く、それがどこかのメーカで採用している回路と同じだったら、「特許」を盾に
猛攻撃されかねませんが...(^_^;)

 むろん、ここまでやるには相応の技術力を身に付けておく必要があることは言う
までもありません。

 ここまでの説明は、某ネットで「話がよーわからん」とすねていた本ボードの某
ROM氏にもわかるように説明したつもりですが、逆に他の皆さんにはわかりづら
かったかも知れませんね(^_^;) とにかく、この話がアニメーション論議にも当て
はまることは確かです。

 最後に、脚本だの演出だの作画だのと「現実的な話」をするよりも、登場人物が
今何を思っているのかを考えるとか、主人公や登場人物になりきる(危険思想?
(^_^;))とかして鑑賞した方がよほど楽しめると思うのはわたしだけでしょうか?
これは私見ですが、現実的なものしか見えてこないような作品、つまり、自分から
感情移入できないような作品なら、いっそのこと見なければいいのでは?? と思
っています。(わたしなら文句なくそうします)


                      32 Lab./りんずはうす